【12月29日】日記


shift down经营/シフトダウンの経営

alt text


1)中文【12月29日】shift down经营

湖山集团始于38年前银座急救医院的重建。
因为前任经营不善,所以由继任的圣道理事长负责,全年365天进行诊疗。
我把药品、检查等所有项目都进行了招标,拿回扣的干部全都不在了。
得益于此,历时2年完成了重建。
年末到正月,我和父亲在医院里最忙。
因为几乎没有医生和职员。
我曾想过,这家医院年末正月就像两个人开的有病床的诊所。
不过,那时年末的银座,却别有一番风情。
也有旅客突发疾病过来急救。
也被拖欠过治疗费。
当时,有很多老店从元旦开始就空着,元旦在空旷的银座值班结束后,也很开心。
在银座,实际上在大楼之间有7个神社。
平时不在意,但正月路过时会双手合十。
其中一个就在银座百货商店的屋顶上。
以前,百货公司会从元旦、2号开始销售福袋。
后来,我把银座唯一的急救医院改成了诊所,但病院会的前辈总是训斥我。
在经营上,裁员被认为是失败者。
实际上,中小医院是没有未来的,所以我下定了决心,但无论是地区还是患者,都对我投来了冷眼。
理事长看起来也很寂寞。
从医院的院长变成诊所的院长,大概也觉得降级了吧。
从上市公司的社长变成中小企业的社长的心情吧。
尤其受到职员的怨恨。
不是来自医生护士。
是来自厨房和负责清扫的年长女职员。
大家围着我哭。
在银座的医院工作,明明一直很自豪地努力着。
哭着对我说。
如果经营出现赤字,要么裁员,要么破产。
那时,我曾向政治家诉苦,说要把医院捐给国家,让它成为国立医院。
从东京都内最小的急救医院,到东京都内最大的诊疗健康管理中心。
我坚定地转换了方向。
现在我明白了自己的判断是正确的,但那是我人生中最痛苦的时期。
因为我会离开信赖我的工作人员。
但是,从事医疗工作的人不愁就业,应该有很多更好的工作吧。
几年之后,我在东京站遇到了那位正在打扫卫生的清洁工。
看起来很有精神,很开朗很开心。
他是个喜欢都市的人。
我很高兴。
那时的笑容至今仍历历在目。
我还在杂志上发表论文说,中小医院转变为诊所是未来的进步进化。
我自称是在进行shift down经营,还做了演讲。
我在演讲中说,不仅仅是扩大到大规模医院。
之后,东京都中心的民营医院几乎都倒闭了。
时代在变化,社会在进步,政策也在变化。
医疗因科学而进步。
医疗从业者也要进步进化才能生存。
进入后新冠肺炎时代,过去的优秀企业濒临破产,新业态企业大步跃进。
湖山集团也将发生巨大的变革。
我不是只会守业的经营者。
以上
原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成
阅读原文:http://koyama-cn.com/?p=16595?cat=11

2)日文【12月29日】シフトダウンの経営

湖山Gは、38年前の銀座の救急病院の再建から始まった。
元々前任者が放漫経営であったから、引き継いだ聖道理事長が筆頭になって、365日診療にあたった。
私が、薬、検査他全てを入札したら、リベートを貰っていた幹部が皆いなくなった。
そのお陰で2年で再建を果たした。
年末正月は、父と私は、病院で1番忙しかった。
医師も職員も殆どいないからだ。
この病院は、年末正月二人で開業している有床診療所みたいなものだなと思った事がある。
でも、その年末の銀座の年の暮れは、風情があった。
旅行客の救急患者もいた。
治療費を踏み倒された事もあった。
当時は、元旦から空いている老舗も多く、銀座の空で元旦当直明けは、楽しくもあった。
銀座には、実は、ビルの谷間に7つの神社がある。
普段は気にしないが、正月位は手を合わせる。
その一つは、銀座の百貨店の屋上にある。
昔は、百貨店は元旦、2日から福袋を販売していたと思う。
その後、銀座唯一の救急病院を診療所にすることになるのだが、病院会の先輩には、叱られるばかりだった。
経営的には、リストラ、敗者と見られたのだ。
現実的に中小病院には未来がないと見切って、決断したのだが、地域からも、患者からも、冷たい目で見られた。
理事長も寂しそうだった。
病院の院長から診療所の院長と言うのは、各落と思ったのだろう。
上場企業の社長から、中小企業の社長になったという気分なのだろう。
特に職員から、恨まれた。
医師看護婦ではない。
厨房や清掃の年配女性の職員からだ。
みんなに囲まれて、泣かれた。
銀座の病院で働いていると誇りに頑張ってきたのに。
泣かれた。
経営が赤字になれば、リストラか倒産。
その頃、病院を国に寄付するから、国立病院にしてくれと、政治家に愚痴をこぼした事があった。
都内最小の救急病院から、都内最大の診療所健康管理センターへ。
と、確信を持って、転換した。
その判断は正しかったと、今は納得しているが、人生で1番辛い頃だった。
信頼してくれている働き者の職員と離れる事になるからだ。
でも、医療従事者は職に困らないので、もっと良い職場がいくらでもあったろう。
その清掃の職員とも、数年後、東京駅で清掃しているところに出会った。
元気で明るく楽しそうだった。
都会好きな人だったのだ。
嬉しかっった。
その時の笑顔を今でも思い出す。
中小病院の診療所への転換は、未来への進歩進化だ、と雑誌に論文を書いたりもした。
シフトダウンの経営と自称し、講演もした。
大規模病院へ拡大ばかりではない、と講演した。
その後、東京都心の民間病院はほとんど倒産した。
時代は変わり、社会は進歩し、政策は変わる。
医療は科学で進歩する。
医療提供者も進歩進化しなければ生き残れない。
アフターコロナの時代になって、過去の優良企業が倒産しそうになり、新業態企業が大躍進している。
湖山Gも大きく変革する。
私は守りの経営者ではない。
以上
原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成
原文:http://koyama-gr.com/?p=52862?cat=202

3)解説【12月29日】シフトダウンの経営

代表は湖山Gの創設の頃について語っています。
銀座の病院から診療所へと変える「シフトダウンの経営」で職員をリストラするなどの苦難を乗り越えて、
現在の都内最大の診療所健康管理センターに至るまでの経緯を述べています。
コロナ禍で中小病院、診療所が生き残っていくには、時代の変化に合わせて経営革新をしなければなりません。
決して従来の経営管理に固執する「守りの経営者」であってはならないと思います。
解説
原文:http://koyama-cn.com/?p=16595?cat=11


用户7825 用户7825
5 个月前
3

扫描下方二维码手机阅读文章