【10月8日】日記


诊所成立80年/診療所から80年

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1)中文【10月8日】诊所成立80年


昨天出席了多摩医院的长期工作表彰仪式。
不是通过网络,而是在现场。
全体职员聚在一起很开心。
从开设诊所算起,这里已有80年的历史。
一位在护理部工作了30年的老职工发表讲话。
说什么都不懂的自己,多亏了大家的照顾。
是这样吧?应该是吧。确实是这样。
我作为理事长也完全是这么想的。
获得15年长勤表彰的院长也显得很紧张。
在银座接手急救医院的时候,如果知道这么困难的话,我也不会接手。
虽然现在后悔也没用。
但是没有别的人生。
至今为止的一切都是自己的人生。今后也是如此。
即使道路是一片荒野,也要感谢有同伴、伙伴。
没有同伴、孤独的人会不会制造犯罪、案件呢?
社会改革之前,先自我改革,自我管理。
湖山至今只有1人感染新冠。
因为12300名工作人员每天进行彻底的健康管理。
因为我有防止感染自控体验,所以很明白其中困难。
更别说有孩子的家庭了,一定相当艰苦吧。
保护家人的生命是第一位的。
否则,就没有资格负责医疗工作。
没有运营医院的资格。
这个历史悠久的医院现在应该重建了。
多亏了创业者的伟大业绩和贡献,才有了现在的医院。
区域医疗的典范
但是,80年的历史也是时代变化的历史。
即使进入新时代,也要继续延续能够为地方做出贡献的医疗,这种责任十分重大。
单凭志向和想法,很难在东京延续医院事业。
还要考虑新冠肺炎的影响。
新冠肺炎不是一时的暴风雨。
城市的医疗将因新冠肺炎而全面改变。
要在过去的基础上重建医院,比建新医院还难。
会花费更多的时间和金钱。
但是,战后的民间医疗都迎来了新老交替。
大部分服务业都以新冠肺炎为契机停业。
本应得到支持的社会保障事业也挣扎于自身的消耗和疲敝。
我是从医院会的立场知道这件事的。
也想让政治行政人士了解实际现状。
还想让媒体也了解这种情况。
湖山集团的我们工作在现场,只是在珍惜每一天的生命。
因为每天凌晨需完成这本日记,所以能够理解在升起的太阳下拍手拜神的人的心情。
希望今天一天都平安无事。
希望今天没有地震、灾害和群体感染。
至少,今天一天没事就好。

2)日文【10月8日】診療所から80年

昨日は多摩の病院の永年勤続表彰式に出席した。
ネットではなく、リアルである。
職員一同が集まれるのは嬉しい。
診療所としての開設からすれば、80年の歴史がある。
永年勤続30年の看護部勤務の職員が挨拶する。
何も分からない自分が、皆さんのお陰で、と、挨拶する。
そうだろう、そうだろう、そうだよ。
理事長の私も、全くそう思うもの。
15年勤務表彰の院長も緊張している様子。
銀座で救急病院を引き継いだ時も、こんなに大変ならば、引き受けなかった。
今更後悔しても仕方がないが。
でも、別の人生はない。
今までの全てが自分の人生。これからも、そうだ。
道が荒野であっても、同伴者、仲間がいる事に感謝する。
仲間がいない、孤独な人が犯罪、事件を起こすのではないか。
世直しの前に、自己改革、自己管理。
湖山には、コロナ感染が未だ1人しかいない。
12300人の全員自らが、日々健康管理を徹底しているからだ。
自分で行動制限をしているので、よく分かる。
ましてや、子供もいる家庭の方は本当に大変だと思う。
家族の命を守るのが第一。
そうでなければ、、医療を担う資格はない。
病院を運営する資格はない。
この、歴史ある病院は、もう、建て替えなければならない。
創業者の偉大な業績、貢献の御蔭で今の病院がある。
地域医療のモデル。
でも、80年の歴史は時代の変化の歴史でもある。
次の時代でも、地域貢献できる医療の継続は責任が重い。
志と思いだけでは、東京の病院の継続は容易ではない。
それで、コロナである。
コロナは一時の嵐ではない。
コロナによって、都会の医療は全面的に変わる。
過去の礎の上に新たな病院を建て替えると言うのは、新規に建てるより難しい。
資金も時間もより掛かる。
でも、戦後の民間医療は皆、世代交代を迎える。
サービス業の多くが、コロナをきっかけとして廃業している。
支えるべき、社会保障事業が自らの消耗と疲弊に喘いでいる。
私は、病院会の立場でその事を知っている。
政治行政の方に、その実態をもっと知って頂きたい。
マスコミにもそう思う。
現場の湖山Gの私達は、1日1日の命を大事にするだけだ。
毎日、夜明けの頃にこの日記を認めているので、昇る陽に柏でを打つ人の気持ちが判る。
今日一日が、無事でありますように。
地震、災害、そして、クラスターがありませんように。
せめて、今日1日は。

用户7825 用户7825
5 个月前
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