日本語●【3月】📁本文


🌸日本語・銀座日記

【3.1】オンライン授業


客員教授や特別講師と言っても、年1回、大講堂で、講演するくらいだった。
修士論文指導や、試験の採点は大変。
生きた経営者の現場の話をして、社会の厳しさ、楽しさを伝えるのが役目だ。
まだ見ぬ世界の話だから、質問と言っても、まずは手は上がらない。
話題の新作の映画チケットをかざして、質問者に、配った事もあった。
昨年から、3年ゼミに毎週のように参加するようになった。
勿論、オンラインで、銀座事務所からの参加。
この大学は、丸の内に、特別教室を持っていて、そこで社会人講義をした事もある。
今は、丸の内に行く必要さえなくなったわけだ。
この授業が凄く刺激的。私には。
つまり、大変、疲れる。
それだけ、良い授業なのではないか、と考えている。
画面に、10名の学生全部も映るし、質問者の1人のアップも自動的。
映像記録も各人できるはずだから、ノートもいらない。
教師は指導記録が生で残るから、後で大学に採点されるだろうから、こちらが毎回試験を受けているような気分。
200人相手に話しても、1つの聴衆として話しているし、質問も皆さんから。
ネット授業は、個人の家庭教師を同時に掛け持ちしているようだ。
学生同士戯れる事のない、キャンパスライフのない新人学生の寂しさもわかる。
一方、教師のストレスも大変だ。
土日も、個別質問が、学生の都合で学生の都合の良い時間に飛んでくる。
パソコンを所持していない学生もいる。
スマートフォンもなくて、携帯で音声だけの学生もいた。
私は、湖山でアルバイトしてくれる学生には、無料でパソコンを貸与する事にした。
担当教授は、ファックスも用意しているそうだ。
メール添付を出来ない学生の都合に合わせる為に。
コロナ前の3倍の手前がかかると嘆いた先生がいたが、成程と納得が行った。
人のいないキャンパス。
食堂も閉鎖。アルバイトもない。
授業料だけは、同額。
先生も過酷。在宅で、残業代なしで。
でも、これだけの個人指導の大学教育がオンラインで行われている。
現場以外は、、オンライン在宅勤務の時代になった。
銀座の事務所は半減し、何かに変わる。
新しい銀座に何が現れるのか。
既に私の構想は出来ている。
覚悟も決まった。
自分で新しい銀座の顔を作る。
銀座は三つの顔を持つと言われる。
老舗、ブランド、デパートの商業の顔。
レストラン、料亭、バー、クラブの夜の顔。
そして、実は、銀行、証券、企業の多いビジネス街の顔。
どの顔も今は精彩がない。
人は半減どころか、4分の1位ではないか。
街路に人気(ひとけ)がない。
銀座が過疎になる。
過疎の銀座で、湖山Gはどう生きるか。
37年目の銀座が今月で終わる。
銀座の未来をどう描くか。
空を飛ぶか、地に潜るか。
どちらもありだ。
以上
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.2】小さなお家


昨夜、グループホームの経営、コンサルタント、協会に関わっている古い友人から電話がかかって来た。
最近のグループホーム業界の経営問題について、意見交換をした。
地方のグループホームにおいて、入居者も、働ける人も減っていて経営が縮小しているとの話だった。
よく解っている。
東京は、もっと厳しいと答えた。
全国、個室でない特養が空けば、そちらに入居者が流れる。
9床か18床の施設で1床空けば、採算が合わない。
オーナー夫婦が当直をしないと人がいない。
コンビニと同じだ。
個室料も大事な収益なので損失は大きい。
病院は150床でも、個室は1割位。
東京は兎も角、全国的には、病院は個室料をあまり宛にしていない。
いつも空き部屋があるので、職員とその家族は部屋代は無料で入院できるのだ。
満室でないと、赤字になるような規模の施設は、今は経営は厳しい。
ホテルだろうが、レストランだろうが、学校だろうが、満席でないと、採算が取れない計画は、難しい。
国の政策は、より、単価の安いサービスを制度化し、広める。
ホテルも飲食業も、デフレ化している。
医療、介護も同じだ。
教育は、少し違う。
教職免許を取っても、常勤での採用はされず、臨時雇用の講師は多い。
教師の給与は良いが、誰もが、職を得られる訳ではない。
でも、保育所も少子化で5年後は経営が厳しいと聞いた。
既に幼稚園はそうなっている。
医療・看護・介護は、本人が望めば、職はどこにもある。
でも、希望者は、需要に間に合わない。
兎に角、介護保険収入で、人件費も制限を受けているので、年々施設経営は圧迫されている。
そこで、グループホームの将来はどうなるのだろう。
個室料を払わないと入居できない。
18室以下故、介護保険単価は少し高いが、現状は経営難。
30年前、リゾートバブルの時代。
民宿やペンションが流行った。
脱サラでペンション経営は、サラリーマン夫婦の憧れだった。
ゲストに喜んでもらえる別荘、小さなお家。
そのペンションは今は見ない。
医療も介護も、自由競争になった。
日本に民間福祉は成り立たなくなると思う。
少なくとも、私達、今の世代で終わる。
農業もそう聞いた。
保育園の可愛い笑顔を見るのは至福だが、この子達の未来はどうなるのだろう。
以上
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.3】「僕の夢はミス・フランスになること」


この人の推薦ならば、観ておこうと思う映画の匠が3人いる。
そのうちの1人、福祉映画のプロデューサーからの紹介。
久しぶりに、銀座の映画館に入った。
勿論、客はパラパラであったが、驚いたのは、女性客がいなかった。
皆、私のようなおじさんばかり。
「チョコレート・ドーナッツ」の時には、若い女性で満客だったのに。
この男性客は、もしかして、トランスジェンダーばかりだろうか。
そう、この映画は、ミスコンに憧れる男性の物語。フランス映画。コメディ。
兎に角、おしゃれ、楽しい。そして、美しい。
主人公演じるのは、実際にゴルチエのレディースコレクションにして出演して有名になったモデル。
本物のトランスジェンダーが主人公を演じる。
男性が演ずる女性の方が女性っぽい。
それは、男性が感じる女性らしさのツボを知っているからだ。
歌舞伎の女役しかり。
宝塚の男役もその逆で、真実。
どちらも、時々観劇できるのが、銀座の良いところ。
宝塚ファンの若い女性に聞いたことがある。
宝塚観劇の帰りの電車で、男性を見ると、汚らしく見える。と。
デートで、宝塚に誘ってはいけない。
生身の男は、男装の麗人に敵う訳がない。
では、女性は男性を歌舞伎に誘うのはどうか。
貴方の自信次第です。
この映画を観ると、美しさは、女か男かよりも、心の持ち方次第と、知らされます。
この、役者の場合ですけれども。
歌舞伎に行ってみたくなった。1年ぶりに。
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.4】実家の近くに


今でも、東京の実家の2階に住んでいる。
一階は今はいない両親が住んでいたままで、そのままに残してある。
やっと、服を整理しくらいで、母のコレクションの人形はそのままの場所においてある。
母の帯は、今、十日町市着物センターで、アートに加工して貰っている。
鎌倉の特養ホームに飾る予定だ。
両親の思い出に囲まれて暮らしている事が良いのかは、わからない。
今は、その思い出を大事にして、朝を迎える。
その実家の近くに、今月中に、小型施設がオープンする。
看護小規模多機能型居宅介護と言う。
看護師・介護職員がいる地域密着型の介護事業所。
例によって、わかったような、わからないような法律名。
昨日、開業準備中の陣中見舞いに、湖山焼印入りの文明堂の三笠を持参した。
今は、それだけではない、最新鋭のコロナ検査キットを300本届けた。
自分で、綿棒を鼻に入れて、13分で検査結果がわかる携帯キット。
ポケットに入れて持ち歩ける。
自分が最初に実験した。勿論陰性でした。
代表の私でも使えます。と言って、手渡した。
開所時に、全職員、自分で検査して、全員陰性を確認して下さい。
入所者は、全員、このキットを使って、入り口で、検査して下さい。
陽性であれば、ご利用者の家族全員も、無料でこの検査をしていただいて下さい。
いつも、2本、ポケットに入れておいてください。
危ないと思ったら、いつでも、ご利用者と、自分の検査をして下さい。
PCR検査器も施設においてありますから、二重の検査を当日に行って下さい。
帰宅して、ご家族に、職場で、濃厚接触者が出たと聞いたら、そのご家族にこの検査キットを使ってもらって下さい。
コロナは、家庭内感染が半分です。
家族と共に、同僚と共に、地域住民と共に、
地域医師会と共に、地域歯科医師会と共に、
地域行政と共に、地域政治と共に。
地域と共にでなければ、地域密着型の介護事業所は機能しません。
地域全体の協力がなければ、サービスは成り立ちません。
職員の命も守れません。
指定管理制度の下でのサービス認可で、行政と一体の施設ですから安心です。
自助・共助・公助3本柱の体制です。
昨日、スッタフ一同で、施設名の愛称が決まりました。
カンタキカメリア。
今日これから、内覧会が始まります。
深夜迄、準備していたはずのスタッフは、三笠を夜食にしてくれたでしょうか。
カンタキは次の時代の地域サービスの拠点です。
また、新しい航海に挑戦します。
コロナの海であっても。
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.5】新社会人の君へ


今年の入職式も、コロナでビデオ、オンラインとなりました。
今日は、そのビデオ撮りをします。
今年の湖山の新卒新人は、405名の予定です。
コロナがなければ、銀座の映画館を借り切って行うつもりでした。
過去にも経験があります。
コロナを乗り越えて、また、映画館で迎えたかったのですが、残念です。
800席のロードショー劇場など、もう東京大阪くらいにしかないと思います。
人生の思い出に残る、社会人としてのスタートを共に劇場で祝いたかったからです。
私の挨拶は記憶に残らずとも、共に映画を観た入職式は、人生の思い出となったはずです。
後にコロナの時代として、記憶される今。
無人のキャンパスで卒業年度を過ごし、寂しかった事でしょう。
医療福祉の職場は、人間関係の集積です。コンプレックスです。
期待して下さい。
湖山は暖かいです。熱いです。
暖かい温もりの幸せを知って始めて、冷たい寂しさの辛さを知ります。
大勢の同僚に囲まれて、老人の孤独の寂しさを察する事ができます。
世の多くの人を励ます仕事を誇りに思って下さい。
辛い事があればこそ、嬉しい事、楽しい事の大事さを知ります。
その事を体験して来た先輩が君達を囲んでいます。実践しています。
納得し、決心し、自らの行動で、良き事を実践する事を、私達は体現すると言います。
医療福祉を社会で実践し、実現させる事です。
私達は、永遠の課題、道のりを共に歩む仲間となります。
湖山には、若い元気な優しい君達との出会いを待ち望んでいる先輩が13000人います。
その先輩を代表し、カメラの先の君を思って、お祝いの言葉を送ります。
以上
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.6】神が降りるのを待つ


小学校の5年生の時から、映画評論家の淀川長治の「映画友の会」に毎月通っていました。
虎ノ門の自転車会館です。今はないかもしれません。
父の勤務する虎ノ門病院の近くだったので、行けたのです。
第3土曜日の午後、ランドセルを背負い、1番前の席に座っていました。
淀川さんは、晩年、映画友の会の事を話すと、決まって、1番前の席でランドセルを膝の上に乗せて、一心に淀川さんの顔を見つめていた、男の子の事を話していたそうです。
当時は、大学生が多かったのです。
その、つぶらな瞳の可愛い不良小学生は、間違いなく泰成君です。
淀川さんの映画解説は、落語より、面白く、今でも強く記憶に残っていて、泰成君の人生の珠玉の言葉となりました。
その、映画秘話の中の1つ。
名優の2つのタイプについて。
1つは、練習に練習を重ねるアクターズスタジオや、舞台役者タイプ。
演出家に従って、育つタイプです。
役作りの為に、太ったり、痩せたり、本当にピアノを弾けるように練習したり、
ダンスやバレエ、歌を1年かけてプロに習う。
アクション俳優にもいるでしょう。
本気でボクシングや空手を練習する。
スタントマンを使わず。
トム・クルーズは、次回作で本当に宇宙に行くそうですが。
別のタイプは、天才肌。
一切練習などしない。舞台合わせも嫌い。
明け方迄飲んできて、二日酔でも、神父の役を演ずる。
腹一杯食べた直後でも、無人島で遭難して、飢えで苦しむ演技ができる。
一度でも、演じたら、もう気が入らない。
気が乗らない。不貞腐れる。
テイクワンに全てを賭ける。
テイク2はない。やればやるほど、おかしくなる。
わかる気がします。
練習して、慣れてする事は、本物ではない、本気ではない、真実ではない気がしてしまう。
無我夢中で、理性ではなく、感情のままに言うことは、嘘ではなく本音だ。
抑えきれず、言ってしまった。
真に迫った演技と言う事でしょうか。
舞台俳優とは、何度演じても、慣れない、上手くならない役者の事。
何回やっても、初回と同じ新鮮な気持ちで演技できる。
何回でも、躓いて転んでも、わざとらしくない。
びっくりして、カップを落としても、本当に驚いているように見える。
何度練習しても、身に付かない、クセにならない、楽にならない、上手くならない。
そういう気質の人が、名優となるそうです。
勉強する秀才と、勉強しない天才。
そう、泰成君は、天才ではない後者タイプです。
泰成君は、挨拶原稿があると、途端に棒読みになって、気持ちがこもらなくなって、途中から原稿を捨ててしまします。
こんな事を書いているのは、昨日の入職式の挨拶録画が撮り直しになったのです。
日々の疲れで、表情に生気がないとカメラマンに言われた事もありますが、昨日の日記に思いを書いてしまったせいで、今一つ気持ちが入らなかったのです。
私は、一生、経営者を演じているのかもしれません。
寿命を終えた時が、舞台を降りる時です。
月曜日に撮り直します。
保育園の卒園式用のビデオは無事収録できました。
原稿もなく、その時に感じる気持ちのままに話したからです。
頭にあったのは、泰成君自身が園児だった時の思い出です。
準備も計画も練習もない。
人生そのままの式辞しか出来ません。
慣れることも、上手くなる事もありません。
思いそのままの言葉。
そのままの言葉で、毎朝、思いを送ります。
以上
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【3.7】アフターコロナのサテライトオフィス


大企業の都心の大型オフィスは、半分に減る。
そのフロアーに地方から新進企業が、入ってくる。
そういう、過去の流れはもうないと思う。
銀座には、地方新聞社や、弁護士事務所、大手代理店関係、築地関係の小さな事務所も多かった。
それが、空いたフロアーに参入してくるとは思えない。
第一、銀座まで電車通勤が感染リスク。
郊外、住宅地のカフェやサテライトオフィスで充分。
何が、都心に残るのだろう。
銀座1丁目から、8丁目迄の1200メートルの街並みに、ビルクリニックは、90件ある。
この40年間、その数はあまり変わらなかった。
デンタルクリニックは、もう既に減りつつあると思う。
バーやクラウの数は減りつつあると思う。
クリニックは、年配院長の内科と、若い医師の美容が多いと思う。
銀座のあらゆるサービス業のテナントが減って行く中で、クリニックだけ大丈夫とはならないだろう。
銀座で事務所もお店も減れば、昼間人口が減るので、患者も当然減る。
コロナで、病院医院に行く事を控えている人は多い。
すると、調剤薬局の客も減る。
全てが、ドミノ倒し。
喫茶店は、昔から、ビジネスパーソン、営業パーソンのサテライトオフィスだった。
次は、映画館もそうなるのではないかとみている。
新宿のVIP座席を一度使った事がある。
敷居の間に、ダブルソファー2人掛け。
小テーブルも座席横にあり、ワンドリンクサービス。
お一人5000円だったけど。
10コーナー位あったと思うが、周りを見てみると、若いカップルは1組だけ。
後は、私のようなビジネスマン1人で、パソコンを開けて、一心不乱に仕事をしていた。
映画など、誰も観ていない。
映画はBGM。
やがて、日比谷銀座の映画館も、2階の席は、オペラ座のようなコーナー席になるかもしれない。
入り口で、オペラグラスを借りなければいけませんね。
ドルビーシステムの映画館は、耳栓も必要です。
半分、昼寝に行くのですから。
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【3.8】震災は忘れなければやってこない


3・11が近づくと、テレビもその頃の特番ばかり。
正直、思い出すのは辛い。
でも、忘れてはいけない。
忘れたら、またやって来るような気がして、より不安になる。
同時に、当時、父に言わずにヘリコプターで気仙沼に飛び、帰れなくなって心配をかけたことも思い出す。
位牌と遺影の置いてある実家にいると、亡き両親を1日たりとも忘れる事はない。
未だに、両親と、この家で暮らしているような気がする。
映画評論家の淀川長治氏は有名なマザコンで、生涯結婚する事はなく、生涯ホテル暮らしだった。
私もホテル暮らしをしてみたいが、両親の遺品の整理がまだ終わらない。
私の遺品は、もう本しかなく、順次、施設に寄付するつもりだ。
小松左京の日本沈没以来、東京大震災に怯えて生きている。
コロナに首都圏大震災が起きたら、ゴジラとモスラどころか、ラドンとキングギドラまで、襲ってきたようなものだ。
その、起きてはならない事も想定して、準備を怠らないのが、経営者の勤め。
父は、最期に財産を寄付して、福島に社会福祉法人を設立した。
福島復興が父との最期の約束となった。
銀座倒壊に備えて、東京副都心ならぬ、湖山Gバックアップセンターを考えている。
クラウドの時代になっても、独自のデータセンターも欲しい。
昔、東京副都心構想というのがあった。
何故か、今は聞かない。
京都はどうかと考えた事があった。
歴史的に地政学的に、相応しいのではないかと。
でも、京都には中心になる病院も施設もない。
福島で雇用促進復興街づくり事業になるような、湖山村、湖山ビレッジを考えてみたい。
働く職員の家族の為の保育園や介護施設がある。
3世代が働く、暮らす。
子育てのできる、戸建ての社宅が並ぶ。
湖山の職員家族のいる街角。
今の私は、放蕩暮らしを引退し、1日1日を大事に仕事をして生きているが、残された時間は思ったより少ないのかもしれない。
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.9】東京を救うサテライトオフィス


首都圏には、大小30位の病院介護施設がある。
銀座を健康管理センターに転換してからは、地方で介護施設を作って行った。
やがて、埼玉、千葉、神奈川の地盤と交通環境の良い地域に特養ホーム、介護施設を作った。
東京を囲むように。
首都圏大震災が起きた場合を想定して。
東京の湖山Gスタッフは、23区を這い出てでも、関東周辺の施設に逃げ込んでほしい。
ご家族と一緒に。
患者、高齢者は、ヘリコプターか、東京湾からの船でしか、救出できない。
車なしで、担いで逃げるわけにはいかない。
全国の湖山の施設は、首都圏周辺の大型介護施設まで、車で救援物資を携えて、来てくれると信じている。
東京は、道路は壊滅し、入れない。
東京の人間は、多摩川、江戸川まで歩いて行って、そこから船に乗って、東京湾にでる。
橋は壊滅している。
そこから先は、運を天に任せる。
埼玉、千葉、神奈川の施設は、大型で、震災救援基地を想定して設計建築した。
備蓄庫も大きめに。
でも、その時にならないと、どうなるかわからない。
銀座の本部ビルの事務スタッフは、50人近くいる。
コロナ在宅勤務も増えてきたので、銀座に通勤無用とした。
在宅を奨励している。
無理して銀座に通勤する必要はない。
銀行はネットバンキング。
外部、学校の先生とのうち合わせも、オンライン。
役員会もオンライン。
次はは、スタッフ半分は、首都圏大施設をサテライトオフィスとして使う。
自宅で1人で働くのは、キツイ。
自己管理できる人は少ない。
湖山の全ての施設をサテライトオフィスとして誰もが、どの法人職員であったも使えるようにする。
これまで、勤務施設移動を妨げていたのは、法人が違う事だ。
彼は、A法人の私の職員なので、B法人施設に行かせるわけには行かない。
と、邪魔するのは、部下を私物化する、幹部職員。
他法人の他施設の素晴らしい職員と出会う事が不安なのだ。
自信のない幹部が、部下の世界を狭くしようとする。
自分の能力、器量に合わせて。
行って、学んで比較して来い。
今いる職場がどれほど素晴らしいか確かめて来い。
そう、言える自信と度胸のある幹部が少ないのだ。
幹部になると、自分だけをみて、他の幹部と比較してほしくないと図々しく考えるようになる。
自分のイエスマンだけであって欲しい。
自分の部下を自分以上の将来の幹部に育てようとする愛情と責任感、器量がないのだ。
硬直した、縦割り蛸壺官僚組織になりやすい。
それを、ぶち壊す。
若いスタッフを今のうちに、計画的教育的見地から、職場を2年から4年ぐらいで移動させる。
特に、医療施設、介護施設の両方を経験させたい。
同じ事務仕事でも、現場臨場感のある病院施設の事務所で仕事をするのと、現場と遠い、静かな事務所ビルで仕事をするのでは、学ぶことの次元が違う。
全国の医療法人、福祉法人は、全て、施設に本部が併設されている。
現場と一緒に仕事をしている。
銀座事務所しか知らない事務スタッフは、医療の尊厳を、介護の奥深さを、現場の苦しみを、現場の喜びを知らない。
経理事務員ではなく、湖山のスタッフに育てる。
医師でも、看護婦でも、介護福祉士でも、ケアマネージャーでも栄養士でも、PTOTSTでも経理でも、受付でも皆、同じくこやまケアを体現する。
その、同じスタッフ、チームは、皆、施設現場にいる。
本部事務員だけ、現場の悲鳴の聞こえない、火事の火の見えない、遠くにいてはいけない。
全ての湖山スタッフは、医療福祉の本質、その事を体験実感する職場現場体験が必要。
28歳の救急病院の当直が、私の原体験、私の原点。
湖山は原点に回帰する。
行って来い。湖山の若者よ、将来の幹部候補生よ。
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.10】 常に予兆あり


2011・3・11 東日本大震災 その前日は何をしていたのだろう。
特別な記憶はない。
2011年も、いつもと同じ年。
予定通り新しい施設が開設され、スケジュール通り、採用募集活動が1年中されている。
日々、問題、事故、事件は起こり、その対応に忙殺されている。
いつもと同じ年、同じ1日。
3月は、決算月、入職式準備で、日々、会議会議で、追いやられていく。
どの世界でも同じ年度末。
来期事業計画策定もある。
役員会がこれまでかと言う位続く日々。
10年前の今日は何をしていたのでだろう。
何も記憶がない。
役員会、会議の日々だったろう。
でも、この日にも地震はあったのだ。
2011・3・10 6:24 三陸沖 震度4 東京は震度2
三陸沖地震 と言う。
2011・3・9 11:45 三陸沖 震度5弱 津波注意報
東北地方太平洋沖地震の前震と言う。
余震はあったのだ。
でも、それに気が付かなかったし、その記憶もない。
3・11が突発に起きたようにしか記憶していないが、そうではなかった。
災害は、突然にはやって来ない。
私達が予兆を気が付かなかっただけなのだ。
地震はドアをノックをしてやって来る。
今度のノックは聞き逃さない。
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.11】この日に


この日に思う事。
あれから10年もたってしまったのか。
生きる事とは何か。喜びとは何か。
悲しみとは何か。人生とは何か。
書物の中や、人との会話からではなく、自分の心奥底に問う事が多くなった。
リアルな世界のリアルなショックは、作り物の架空の世界を許してくれなくなった。
小説が頭に入らなくなった。
映画のスクリーンの世界に逃避する事が出来なくなった。
音楽を長時間聴く事ができなくなった。
すぐに現実の世界に引き戻されてしまうのだ。
10年の間に、いつの間にか、両親もいなくなってしまった。
神と言うより、ご先祖様の霊が、天の星となって、この地を見守ってくださる。
そんな考えの方が、自分の身の丈にあうようになってきた。
教会や、お寺より、お地蔵さんに、心が寄り添うような気がする。
10年の間に、友もいなくなり、只々、湖山の仕事をし、湖山の中で息をしていたような気がする。
これからの湖山の経営管理体制の再構築は、10年先へのタイムトンネル。
また、私自身の終末儀式でもある。
今は、この日記が、私のエンディングノートと言っておこう。
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.12】翌日


3・11東日本大震災の翌日を記憶しているだろうか。
土曜日で、私は、1人自宅にこもっていた。
前日から、夜通しでテレビを観ていたし、その後も一日中、メールを開けておきながら、電話をかけまくった。
テレビも同じシーンを繰り返し報道していた。
ネットが、遮断されて情報が来ない。
東京は、混線してなかなかどことも繋がらない。
東京と東北は1日繋がらなかったのではないか。
新潟と静岡とか、迂回すると突然、意外な地区に繋がったりする。
空いた回線から繋がる。
災害時は、メールで個別に連絡するのは、無理。
むしろ、ホームページに揚げて観てもらう方が早い。
そんな経験から、被災地へ、電話、メールで問い合わせても繋がらないし、時間の無駄と知るようになる。
被災地から、ホームページで、無事である事を、現地情報を掲載しろ。
安全地帯の施設は、とにかく支援準備を進めろ。
指示無くとも、自動的に自主的に全国の施設は動く、と言う経験値が生まれた。
無事だから、被害が少なかったから、報告しないのはいけない。
死んでしまったから、報告が来ないのか、無事だから被害報告が来ないのか、私にはわからない。
とにかく、無事ある事の生存報告を送れ。
とにかく、連絡のつかない施設に、支援物資を搭載して、向かう。
施設に残った方も大変。
施設スタッフが減るのだから、救援に行く者も施設に残る者も全て臨戦体制。
湖山Gは、全国どこでも災害があると、その地からの連絡を待つ。
当該施設から、写真添付の被害報告メールを待つ。
ホームページからの現地報告を待つ。
文章を書く暇はない。
被害状況の写真を全国に送る。
それを受信すれば、送り主はまだ生きている事はわかる。
無事だと分かれば良い。
東京と被災地間は、メール、電話が断絶してしまう。
だからこそ、大丈夫だった施設からは、無事だ、心配ありませんとの生存連絡を全国の湖山に送る。
全国の湖山Gはただ待っていただけではない。
実は、地震2時間後から、全国の施設は動き出していた。
山形から、島根から、ワゴン車に支援物資を乗せて、北へ発信した。
生存もわからぬままに、連絡もつかぬままに、とにかく北へ支援車が向かった。
お互いに全く連絡も付かぬままに北へ向かった。
どこから、誰が、何台、どこへ向かうのかも誰もわかっていなかった。
勿論、1人自宅で連絡を待つ代表の私も、何も状況を把握していなかった。
只々、被災地の仲間を心配し、生きている事を信じ、とにかく何かをしなければと、焦っていた。
でも、実際は、全国の施設は具体的な支援準備を確実に進めていた。
新潟の中越地震の時の全国支援経験が役に立った。
コントロールセンターが機能しなくとも、全国の施設は独自の判断と行動で、支援体制に入っていた。
その事は、現地東北でお互いに遭遇して、知ることになる。
私が提案して創設した、災害福祉広域支援ネットワークサンダーバードは、動き出した。
自らの仲間を救援する為に。
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.13】 放浪の旅


10年前の3・13。地震の2日後。
早朝、東京と埼玉の端境の飛行場から、3台の小型ヘリコプターで、気仙沼の湖山の老人保健施設に飛んだ。
トンボのような、機体に、金魚鉢の中に座席が4席。
後部座席には、チョコレート、お菓子を一杯に積んで。
金魚鉢の機体の床から、真下が見透せる。
眼下の森、山、そして、海岸線。
1時間も経つと、湾岸線を辿る。
やがて、遠くに白い煙が、立ち上るのが見える。
それは、後になって知るのだが、原発の煙突から上がる水蒸気だった。
海岸線には、海から、白い木材が打ち寄せている。
その白い木材が人であった事は、幸いにも、その時には分からなかった。
空に飛行機は飛んでいない。飛行禁止の事態。
何故、このヘリだけが飛んでいるのか。
民間機として、特別なフライト許可をもらったのだ。
気仙沼の介護施設に医療救援物資を自前で運ぶと言う目的で。
カロリー補給のチョコがその全てだった。
2時間半で、気仙沼上空に着いた。
iPadのグーグルマップで、眼下を探す。
でも、本当にわからないのだ。
森や、林の中に見える白い大きな施設。
小学校か、別の特養か、湖山の老人保健施設か。
皆、緑の森に埋もれる白い施設。
空からでは、区別がつかないのだ。
今後、施設住所には、緯度軽度も記載すべきだ。
ヘリで行く時の為に。
救援ヘリもどこに救援物資を落として良いのかわからない。
山上の三つの白い目標の中の1つに、狙いを定めて、降下着陸した。
施設隣の駐車場を着陸場所として、航空局の許可を取っていた。
航空局は、その時、駐車場が車で一杯だったらどうするのかと質問して来た。
その時は、上空から、スピーカーで怒鳴り散らして、車を動かして開けさせると、こちらもわめき返した。電話で。
実際には、車は、市内に家族を探しに行っていて、駐車場は空だった。
空から、突然のヘリ3台の飛来は、驚いたらしい。
電気の途絶えた真っ暗な施設。
玄関に入ると、真っ暗なロビーから、和服の年配女性が、一杯向かってきた。
ロビー、デイは、被災民の年配の女性で占められていた。
親を預かって欲しいと、市街地から、車で届けられたらしい。
後で数えたら、当日のデイ利用者を含めて、100名以上はいた。
見知らぬ同志の突然の遭遇は、只々感激。生きていましたか。
職員も飛来してきた代表の私を見て呆然。そうでしょう。そうでしょう。
こちらも、現実の事とは思えない。
地震も、ヘリの旅も。
施設は、暗くて寒い。冷たい。
一階に布団を敷き詰めて、入所利用者を寝かせていたが、床が冷たい。
兎に角、ダンボールを壊して、布団の下に敷かせた。
これが、意外に暖かいのだ。キャンプと一緒。
チョコ、お菓子、非常食と交換で、皆さんが食べている塩おにぎりとインスタント味噌汁をいただいた。
事務所の非情電源で、8つの炊飯器と電気ポットが床に並ぶ。
それで、職員も利用者も、逃げ込んできた高齢者も、皆平等に、おにぎり1個を配られていた。
職員で、連絡がつかず、生存確認ができない人が数人いた。
職員全員の生存確認ができるは、1週間後になる。
皆、家族を探していたのだ。
ヘリは、帰りの分のガソリンを給油しに、米沢空港に飛び去った。
でも、2度と帰って来ることはなかった。
ガソリンを売ってもらえなかったのだ。
救援に来たはずが、自分も遭難してしまった。
父にも幹部にも言わずに来たので、東京では、大騒ぎだろうとは思ったが、それどころではない。
山頂の施設に、200人以上が閉じ込められている。
電気水道が止まり、近くの湧水から、飲水を組んでくる。
自動車からの充電で携帯電話は繋がる。
排泄物は、崖から捨てる。
翌年見たら、崖は華で満開だった。本当です。
狼煙や、伝書鳩が欲しい。本当です。
途方に暮れて、床に座り込んでいる。
人の温もりだけが、生きている事の実感。
助け合っている。皆明るく、挫けている人などいない。
一体、自分は何をしに来たのだろう。
ヘリが戻らず連絡もつかず、呆然としているところに、ワゴン車、救急車が続々と到着する。
山形の病院からの湖山の支援部隊。まるで、幌馬車隊だ。
暗い玄関で迎えたが、お互い、まるで幽霊かと思った。
お互いに、ここにいることなど想定できない。
私が、気仙沼に辿り着いているなど、思うわけがない。
山形からは、すぐに出発したのだが、道が閉鎖されていて、3回、出直したそうだ。
もう暗くなる。私は、ヘリを残して、帰りの車に乗せてもらい、まずは、仙台を目指した。
でも、仙台もホテルは満杯で、深夜迄かけて、福島県二本松の特養迄送って貰った。
その後の算段もなかったが、深夜、二本松には、静岡の病院から、支援の救急車が来た。
こう言う時の為に特別車両の許可を貰っていたので、高速を走れたのだ。
福島からは、その救急車の静岡への帰還の途中の東京で下ろしてもらった。
行きは、ヘリで2時間半。帰りは乗り継いで、2
以上
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.14】どこでもオフィス


3・11の当日、東北の幹部は、会議で福島に集まっていたと言う。
まずは、自分の法人に帰るのが大変だったそうだ。
今なら、zoomで施設から会議であったはずだ。
銀座の事務所で、在宅勤務をしている人も、会議だけ銀座に来る。
おかしいな、と感じている。
役員会や、研修会、全国会議をオンラインで数十名単位でしているのに、10名の社内会議はに、わざわざ、銀座に集まるのだ。
会議こそ、オンラインで良いのに。
勿論、たまには、銀座に来たい、ハンコもサインも必要だし。
でも、もう、電子認証、振り込み。
銀座集合は、もっと、減らせるはず。
在宅勤務中は、全員、事務所のスタッフとオンラインで繋がっていれば事務所集合の気分で安心して仕事が出来るのでは。
それができないのは、銀座に席があるという既得権益とプライドだけではないか。
施設の実態から遠くにあって、現場と共感しなくて済むと言う、逃げではないか。
在宅と都心事務所の間の、施設事務所をサテライトオフィスとして、使えば良い。
但し、在籍法人の施設しか使えないとしたら、そうはならない。
そうしか考えられない閉鎖的幹部の意識改革が必要。
事務所が銀座の銀行の近くである必要は、もう少ない。
毎日、現金を入金したり、通帳を何十冊と持ち込んで、記帳しなければならないと言った事もありえない。
銀行支店の地域制も薄れると思う。
都心の銀行店舗も減るでしょう。
今年の正月は、新年挨拶回り自粛で、銀行の方やお取引の担当の方は、殆どいらっしゃらなかった。
こちらからも、丁寧にお断りしている。
2月から、通常業務で来社なさる方に、焼酎芋人と銀座ミツバチ蜂蜜をお土産に差し上げている。
勿論、うがい消毒用として。
銀座も、福袋セールを旧正月にシフトしたら良いと思う。
2月と5月の連休を日本中まる1週間、休みにしたら良い。
官邸に誰か提案してくれないか。
有休消化を社会全体で進める。
誰もいなければ、誰も来ない。
フランスは、既にそうだ。
施設現場は、できないが、本社事務員は可能だ。
湖山Gは全国リゾート地に医療福祉施設がある。
これを機会に施設見学を家族でしてほしい。
歓待して地域案内をしてもらえる。
多分、地域名産のお土産はもらえる。
将来は、職員家族用の福利厚生施設も持ちたい。
湖山Gは、法人横断のコヤマケア委員会、ISO委員会、首都圏看護部会、首都圏相談員部会がある。
研修会、レポートが充実しつつある。
法人間の能力の差を埋める。
更に、首都圏に地方から初めて進出する法人の新施設の開設支援に、具体的に動く。
新施設開設支援チームが多数法人から組める。
コロナ対策チームと同じ。
法人の自立性を担保しつつ、全法人の能力の均等化をはかっている。
コロナ支援体制の構築が迅速と言うより、その当日から自動的に発足、発動できたのは、この日常運営体制のおかげ。
在宅勤務の管理システムは進歩すると思う。
医療介護は現場が全て。
事務は後方支援業務としか見なされていない。間違いだ。
昔、有名な民間病院を視察に回った時、若い院長が言った。
事務は、非生産部門なので、父が事務長として、殆ど1人でこなしている。
その分、医師看護師を増やしている、と自慢していた。
その時は、苦笑いをするだけだったが。
確かに、この業界の事務の生産性については無関心だ。
遅れている。
湖山Gは、医療福祉の事務管理の精度と効率を見直すべきだ。
介護の機械化よりも、事務の電子化は即実行できる。
全国に地域が広がっている湖山こそ、必要な分野。
事務精度向上合理化の為のコヤマケア、ISOが必要。
そこに眼を向けていないのは、実は、現場スタッフが、事務を後方作業として、大事だと認識していないせいだ。
現場の幹部が、事務との関係を人間関係の良い部下としか認識していないせいだ。
本当の意味で尊敬していないからだ。
天下りの事務幹部が、現場を勉強しようとしない、同等と看做さない事の鏡返し。
その分、事務は、法人管理や人事管理や財務管理として、中身よりも、権力機関になろうとする。
法人本部にこもって、本社化する。
病院、施設に法人本部事務所が併設されている法人は、その弊害が少ない。
現場の一部となれるからだ。
行政、金融、人事を握っているので、何故か権威を持ち、上位権力機構になりたがる。
現場工場を尊敬しない、共感しない、東京本社になりたがる。
偉くなった、事務員が現場の苦悩に共感できるわけがない。
だから、現場を知らないコンプレックスの塊になる。
現場を知らない、部長、課長の教育システムが不充分。
経営者の代表の責任だ。
新しい社会には、新しいサービス、そして新しい組織が必要になる。
新しいセンスの、新人幹部が活躍するチャンスだ。
船に乗り、荒波の航海に参加せよ。
丘の上の本社にいる者達。
湖山G本部、理事長室は何処になるか。
全国行脚のキャンピングカーです。
施設回り
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.15】当事者だから出来る事


私は、何故、3・13 に気仙沼にヘリで飛ぶ事が出来なたのか。
気仙沼の介護施設の経営当事者だったから。
自分の施設に責任者として、至急物資を供給しなければならなかったから。
給食業者でも、運搬業でも、行政でも、ボランティアでもなく、施設運営当事者だったから。
富士の病院の救急車が、何故、静岡から福島まで、閉鎖中の高速道路を走る事ができたのか。
東海大震災を想定して、病院の救急車両として、震災運航車両の許可を取っておいたからだ。
その前に、東日本大震災があるとは、想定しなかったが。
どうやって、ヘリを調達したのか。
サンダーバードを設立以来、様々な災害支援をしていたので、ヘリコプターで遭難救援支援を行っていたボランティアヘリを紹介してくれる人がいたのだ。
必死であれば、救いの神が現れる。
官邸に知っている人がいる。
その一言を頼りに、何十本電話をかけたか。
その飛行許可、つまり、東京の離陸許可と、気仙沼の着陸許可の二つがいるのだが。
丸一日、自宅で只只待ち続けてた。
信じるというより、すがっていた。それしかないのだから。
奇跡は奇跡的には起こらない。
無限の自己努力と、他力の発露だ。
無事帰京の後は、同様の救済活動を支援する事になった。
アジアの各国から、支援物資を乗せた船が日本に来るのだが、物資を上陸させられない。
陸揚げ許可を得られないのだ。
皆、外国から善意で莫大な資金をかけて、被災地を救う為に、再度の地震津波を恐れず、送ってくれたのだが、法律上、勝手に入国できないのだ。
平時ならわかるのだが。
ならば、と、私が湖山の病院施設で使う為に受け取る事にします、と、日本側の受け取り責任者になった。
何枚サインしたかわからない。
皆、福島・宮城に運ばれた。
江東区の施設ロビーは段ボール箱で山積みになった。
新潟の施設の駐車場は、トラックの荷下ろし場所となった。
デイとショートを制限して、施設は赤字になったが、やむ負えなかった。
ボランティア活動では、他国からの支援物資の受け取りはできないが、自らが病院であれば、受け取り本人となれるのだ。
湖山は、被災者であり、救済者であり、当事者そのもの。
そう、生きて行く当事者そのもの。
他人事でもなく、余裕の支援事業でもない。
自ら必死に生きる事。自分の命を守る事。
そうして、今も生き続けている。
以上
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【3.16】看多機の時代


昨日は、東京のカンタキの開業初日だった。
早朝、朝礼の時間に挨拶激励に寄った。
入り口で、まず、コロナ抗体検査。
自分で、キットを使う。
スタッフの見ている前で、綿棒を鼻に入れる。
時間がないので、キットをスタッフに渡し、外で記念撮影をした。
写真は、ホームページ ヘルスケアデザインネットワークに掲載したある。
東京初の看多機、カンタキ。
首都圏に大型医療特化型特養ホームを多数配置している。
特養ホームが空母だとすれば、カンタキは駆逐艦、潜水艦。
揃って、艦隊となる。
次の戦略は、地域に打って出る。
コロナの海であるから、防御態勢を敷く。
その、ガシェットが、コロナ抗体検査キット。
まずは、施設に300用意した。
PCR検査器も設置する。
初陣式は、スタッフ全員で検査をして、陰性を確認した。
施設来客者は、全てこの検査をしないと、入れない。
当然、理事長の私も。
カンタキは、都会の地域包括ケア確立の要石になる。
こやまケアの、新しい扉を開く。
スタッフ自らの健康を、コロナから守れるかどうかが、勝負。
その為に、全ての手立てを用意する。
私自身で見守る。
時々、激励に寄るつもり。
でも、玄関から、スタッフの元気で健康な顔色を確認するだけで、帰らなければならない。
施設内がクリーンルームになっているか、確認する。
職員の健康状態が良いかどうか、確認する。
それ以上、私に出来る事はない。
移動の車中に、私の検査は陰性であったと連絡があった。
カンタキの活動は、ホームページを通して、見守りたい。
我が身は丘の上の後方部隊であっても、艦隊の一員だ。
以上
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【3.17】 幼稚園・保育所の未来


首都圏保育所倍率1倍未満6割との記事がある。
首都圏の風景は急速に変わる。
5年前に保育所の経営者が、少子高齢社会で、将来は子供が減る。
その時の為に、デイサービスに変更できるように設計してあると自慢していた。
その時は、いくらなんでも、まさかと思ったが。
介護福祉士と保育士はお互いの免許を取得しやすくなった。
介護から、保育に一方的に人が流れると思ったが、そうでもないのかもしれない。
大学の学部も、福祉系が人気だそうだ。
こちらの現場迄、卒業生が来るのは4年先だが。
アメリカは、医師も、薬剤師も検査技師も、基礎教育は、共通で、専門教育だけ違う。
つまり、他の資格取得に、医学基礎教育を最初から取得する必要はない。
アメリカの大学教育は、取得単位が他の大学でも評価される。
日本はそうではない。
マルチ人間、マルチ教育が嫌いなのだ。
それは、教授の派閥のせいだと思うのだが。
学会の家元制度。
日本は全て、一子相伝。
教授職も社長も政治職も直系に継がせたがる。
次の時代にあった、現職とは違う指向のリーダーに次いでもらうのは、難しい。
選挙や倒産以外に、船の進路を変えるのは難しい。
幼稚園と保育園を合わせた、子供園も、実際は増えていないと思う。
理髪店と美容院みたいだ。
保育園は福祉で社会福祉法人。
幼稚園は教育で学校法人。
その理念の違いを超えて、子供の幸せを願うはずなのだが。
湖山は何時も両手を一杯に広げて、世界を考える。
私は、よく会議で、施設サービスのウイングを広げよう、と言う。
病院でも、特養でも、保険請求さえしなければ、お金さえ請求しなければ、良い事は何をしても良い。
人の命を守ることならば、人の生活を豊かにする事なならば、利益を社会の為に使って良い。
法律で禁止されているわけではない。
やらないのは、自分にその気持ちがないだけ。
少なくとも、私は違うよ。
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【3.18】帝国ホテル建替


私の1番古い幼児記憶は、日比谷公園から見る帝国ホテル。
親戚の結婚式だったのではないか。
フランクロイドライトの設計の時代かどうか、年代を確かめていないが、そのような気がしている。
その、帝国ホテルの建替計画がやっと、発表になった。
全国の医師会病院会の先生が1番宿泊するのは、帝国ホテル。
週末にレストランに行くと、知り合いの理事長に出会う事が多い。
毎週、北海道から、上京する先生も珍しくない。
銀座の新しいレストランの評判を教えてもらう事もある。
銀座は、お金を使いに来る街であって、仕事をする街ではないのかもしれない。
地方で稼いで、銀座にお金を落とす。
と、言うのが銀座のモットーです。
銀座の老舗店も、銀座店で利益を上げているわけではない。
全国のデパートや、駅ビルで、支店を広げて、売り上げを上げた。
銀座本店は、ショールーム。
今は、本店をビルにして、賃貸フロアで利益を上げる。
外国ファッションブランド店に貸して、貸ビル業になった店も多い。
銀座は、日本のブランド街から、世界のブランド街になったとも言えなくもないが。
アフターコロナの銀座がどうなるかは、予想もつかない。
帝国ホテルの建替完成は、15年後。
小生の80歳の誕生日を、帝国ホテルで祝えると嬉しいのだが。
泰成君を偲ぶ会であったとしても、嬉しい。
よろしくお願い致します。
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【3.19】東京国際映画祭


今年から、日比谷・銀座会場になります。
35年前の初回は、渋谷です。
私は、銀座祭りに合わせて、銀座で試写会を企画していました。
何とか、日比谷・銀座に持ってきたかったのですが、敵いませんでした。。
銀座は所詮個人商店街。
渋谷の東急・西武大資本には到底勝ち目はありません。
銀座老舗からすると、映画ファンは本筋ではありません。
所詮、映画の宣伝に使われるだけ。
銀座本来のお客に迷惑。
そう言う思惑が見えました。
有楽町で、フランス映画祭、イタリア映画祭なども開催されましたが、昨今は、聞きません。
映画祭は、映画を観ること以上に、関係者がパーティーで集える事が大事。
医学会と同じ。
研究内容は、論文をネットで読んでいる。
昔の同窓生や、同僚の医師と久しぶりに会食しながら旧交を温める。
友人と飲食を楽しむことが、本当の目的。
意見交換、歓談が最高の楽しみ。
だから、銀座くらい、国際映画祭に相応しい街はない。
映画館の環境だけではない。
映画プロデューサー、監督、配給会社、スター、マスコミが集えるホテルやレストランが大事。
世界の映画スターを歓待できるのは、銀座だ。
今年は、映画館より、銀座のホテル、レストラン、寿司屋が、世界の映画関係者で集う。
ファンもスター目当てに、銀座に集う。
銀座の映画ファンとして、嬉しい。
ようこそ、銀座へ。ようこそ日比谷へ。ようこそ有楽町へ。
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【3.20】地下鉄サリン事件


1995年3月20日 午前8時10分
26年前の今日。
私は39歳。父聖道理事長は66歳。
毎朝8時過ぎには、病院スタッフは、勤務体制に入っている。
ロビーのテレビは付いているが、何が起きているのか、さっぱりわからない。
地下鉄の中で、サリンが撒かれ、多くの地下鉄通勤者が亡くなった。
ガスの後遺症で、苦しんだ人は数しれない。
被害者は、大手救急病院に運ばれたので、当院には、軽症患者しか来なかった。
恐ろしかったのは、後、10分位事件が早かったら、銀座のスタッフも被害者になっていたと言う事。
私も、父も。
僅かな差で、命の明暗を分けた。
命を失う犠牲者と、救命に向かう医療従事者と。
銀座の救急病院の時代は、ドラマのような思い出があるが、この事件が1番。
助かって良かったでは済まない。
救命の使命を担って、生き残ったと考えるのが、医療従事者。
そして、オウム真理教のアジトは、富士山の麓にあった。
その後、警察に一斉逮捕される。
静岡の病院に、遠くはなかった。
富士山の麓は、パワースポットらしく、もともと、神社や、新興宗教が多い。
銀座も、パワースポットなのかもしれないが。
人生は、危険な運命と常にすれ違っている。
医療の仕事をしていると、そう思う時がある。
でも、逃げようとはしない。
職業倫理でも、維持でもない。
母親が赤ん坊に思うような、人間の本能だと思う。
救いを求めるのも、与えるのも。
私は、この仕事を通して、自分の救いを求めている。
皆の救いを求めている。
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【3.21】カルテ倉庫


38年前の銀座の救急病院の話。
実質破綻した救急病院の契約を見直して行った。
継承の2ヶ月前に、院長の高級車リンカーンをリースで買い替えたばかり。
運転手付き。
損切りして、車を売却し、運転手も再雇用はしなかった。
事務長は有能で悪徳、前事務長の顧問は善良で無能だと思ったが、両方とも、無責任であった事は間違いない。
前理事長は、この身内の2人を信用して、自宅を担保に入れて、失った。
2人の事務長は、継続雇用を望んだが、勿論断った。
2人は、自分の責任を全く自覚していなかった。
白衣契約が、職員数の2倍あるので、おかしいと思ったが、事務長の専権事項で、事務長の利権となっていた。
退職者の契約を切らず、新入職員を新規契約とし、契約数を増やして行ったのだ。
入札で業者を変えた。
名刺も相場の2倍の値段だった。全ての印刷費が高かった。
レントゲンフィルムも、検査業者も、薬問屋も、全て入札で変わった。
そうしたら、リベートをもらっていた、部長クラスが皆、辞めていった。
課長クラスが昇進し、私と一緒に立て直しに立ち向かった。
全取引先と幹部が変わった。
その後、頼まれて、赤字の病院を見る機会が増えたが、多くは、事務方が悪徳か、無責任が原因。
幾ら、医師と看護師が走り回っても、幹部のリベートで消えている。
理事長、院長が幾ら患者を増やし、医療収入を増やしても、割高な検査料、委託費で消えてしまう。
薬については、医局が、学会接待で懐柔されている。
レントゲンフィルムを入札でメーカーを変えるに至っては、検査部長が、他社に変えたら、信用できる写真は撮れないと反対した。
全てが、大学仕様で、分不相応、親方日の丸、放漫経営。
医師看護師が働けば働くほど、周辺業者は儲かり、一部の幹部だけが、リベート接待で潤うのみ。
病院は構造赤字になって行く。
健診で眼科もあったので、銀座の有名メガネ店に挨拶に行ったら、店長に、今度はどなたにリベートを渡したら良いのでしょうと、聞かれた。
呆れたが、まずは、その分をお客に安くしてくださいと頼んだ。
全てがこの調子。
医療会は呆れた世界だと思った。
今は昔の事だが。
警備会社と清掃の契約も大企業並みだったので、事務当直は、男子事務員で交代で当たった。
1回、1万円のアルバイトは、全て、ビール代に消えたと思う。
私は木曜日の夜の当番だった。忘れられない体験となった。
銀座の救急病院の深夜は、まるでテレビドラマだ。
今は、国会議員になっている立派な政治家も、縁があって、学生の時分に、私と一緒に、当直アルバイトをした。
初日に、頭から血を流している救急患者が運び込まれて、ショックだったと、未だに言われる事がある。
政治家として、良き人生経験であったと祈るばかりだ。
清掃と給食も、会社契約を破棄して、直営に切り替えた。
スタッフは、年配の女性ばかりだが、皆、元気で明るい働き者ばかり。
残った食材や、食事を勿体無いので、貰って帰りたいと言われたのを叱った。
期限切れの薬を職員が持って帰る事は許されるか、居酒屋ではない、と諭した。
その時だけは、子供のようにシュンとしていた。
何故、そんな古い事を昨日のように覚えているのだろう。
若造の私は必死だったし、毎日が外国に行ったみたいに新鮮だったからだ。
次は、倉庫の賃料が高かった。
通年であるから、かなりの費用になる。
健診ドックもあったので、過去のカルテの量が半端ではない。
近くのビルの最上階を借り切っていた。
エレベーターのない古いビルで、若い事務員が1人専業で担当していた。
毎日翌日の予約の患者の古いカルテを探し出して、運ぶのだ。
そのビルが建て直しと成り、他の場所を探す事になった。
院内を探した。
屋上にプレバブの倉庫があった。
中を開けてみると、使われていない布団や、壊れたベット、検査機器が詰まっていた。
2度と使われる事がないのに、もったいないと倉庫に放置されていた。
捨てるのさえ、面倒と、さぼったとしか思えない。
管理者、事務長が無責任だと全てがこうなる。
断捨離の実行である。
全てを捨てて、カルテ倉庫とした。
事務員1名が病棟に回る事ができた。
男子事務員は当直でアルバイトが院内でできるようになった。
診療内容と収入は変わらないが、半年で起動に乗って来た。
放漫経営を許さず、実直に真面目に働く。
労働に見合った、給料を貰う。
それだけだ。
我が人生。1回きりの断捨離経験である。
今は、実家の断捨離が出来ず、悩んでいる。
以上
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.22】銀座の屋上に旗めく


銀座の屋上看板は、下からは、見えない。
でも、新幹線や、高速からは見ることが出来た。
銀座の空からの写真を見る度に、病院の看板と屋上を探した。
入院患者は、屋上しか休む所がない。
屋上には、タバコの吸い殻が落ちていた。
やむ終えず、吸い殻用の缶と、ベンチを置いた。
黄色でオロナミンCと書かれた、青いプラスチックのベンチが並んだ。
そこに座ると、倉庫の上の物干し台が見える。
おむつやシーツが干してある。
銀座の屋上に、下着やシーツがはためいていた。
こんな銀座を皆は知らないだろうなあ、と、笑いが込み上げて来た。
まだ、皆さんの知らない、銀座の屋上がある。
エレベーターが開くと、先のベンチでラブシーンが演じられていた。
深夜の見回りでの事。
また、夜に、職員親睦のビヤホールを開いた。
暗いので、提灯のぼんぼりの灯りを借りて、屋上フェンスに並べた。
出入りの、葬祭業者に借りたのだ。
ビールは、製薬メーカーの協賛だ。
貧しくとも、美しく。
暖かい灯りと仲間のビール。
そんな夜も、救急車のサイレンの音が聞こえると、白衣の当直は飛んで行く。
テレビドラマより、ドラマが毎日続いた。
盆踊りも1回した事がある。
多分、近隣から、騒音のクレームがあったのだろうと思う。
その1回きりとなった。良く、覚えていないが。
銀座の空に、オムツが旗めく。
この、日記が本になった時の題名だ。
セーヌにオムレツが流れる。
と言う、有名なエッセーの題名を思い出した。
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原著【银座湖山日記】湖山G代表 湖山泰成

【3.23】並木通りのワゴン販売


銀座の若旦那の会は、銀座祭りも担当する。
実際は、警備から、ゴミ捨て。
祭りの裏方がほとんど。
それでも、企画提案もできる。
私の提案は、ほとんど没。
クリスマスイブに、深夜銀座通りを歩行者天国にして、深夜のダンスパーティー。
各丁目毎に、ワイン樽を並べる。
深夜のビルの谷間に、ダンスミュージックが生演奏でこだまする。
勿論、ボツ。連戦連敗。
でも、実行参加できた企画もある。
銀座祭りの金曜日の夜、並木通りには、ワゴン車が並ぶ。
会員各店は、ワゴン1台分の店を出せる。
多くは、自店の商品を出す。
焼き鳥、おでん、焼きそば、化粧品、ビール、お酒、つまみ。
病院の我がチームは、在庫の薬を、というわけには行かない。
街頭の点滴スタンドをしたかったが、流石に、医師免許に関わる。
二日酔い予防に、ビタミンカクテルの点滴注射は効く。
個人的な感想ですが。
無謀な顰蹙を買いそうな企画は沢山あります。
とにかく、病院として、ワゴン車を出す事にしました。
食べ物は、食中毒でも出されたら、大変なので、アルコールのみ。
缶ビールに、ウイスキーの水割り。おつまみなし。
それでも、次第に、病院の職員が集まってきます。
料金など取れませんから、一夜で、赤字精算となります。
でも、すごい人だかりで、兎に角、楽しかった。
普段から、ストレスの高い職場なのだなあ、と、改めて感じ入りました。
隣のバーの出店のスタッフと、お互い、水商売だね、と、エールを交換したり。
翌日は、患者も、スタッフも、両方二日酔いです。
お祭りのシーズンは、私は、毎日点滴を打ってから、夜間警備に出撃です。
毎晩、撃墜、沈没だったのではないでしょうか。
若かった。とにかく若かった。
今年の祭りは、東京国際映画祭につながる。
潜りっぱなしの潜水艦になるでしょう。
私は、車椅子で看護師付きで参加です。
バリアフリーの街である事の調査です。
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【3.24】銀座再開発


銀座繁華街の地価が1割下落した。
不動産バブル崩壊の時は、ビルのオーナーが変わったが、お店そのものはそれほど変わらなかったと思う。
今度は、街の人が消えてしまった。
銀座繁華街の一階店舗が、空室のままというのは見た事がない。
こういう大不況の時代に、都市の再開発が進む。
といっても、20年単位。
虎ノ門も、六本木も、そして、日本橋、京橋もそうだった。
コロナの現況は、数年は続く。
中小ビルが、空き店舗ばかりになり、やがて取り壊される。
そして、大型ビルが立つ。
銀座は、京橋、日本橋のようになるのでしょう。
湖山は、既に、銀座においては、最古最大の医療機関。
その、地位と責任を引き続き、背負って行く。
医療福祉は、不況の時代にこそ、社会的価値は高く、責任は重い。
地方においては、時代の要請に応えて、老健を特養ホームに転換する仕事が続く。
コロナの海が、環境を変える。
不況の風が、街を変える。
東京の民間医療は、多くは、赤字が続き、存立の根幹が揺らいでいる。
日本の根幹が揺らいでいると思うのだが、政治家は、気が付いてくれない。
医療、福祉が崩壊したら、保育、教育も揺らぐ。
湖山だけは、なんとしても、生き続ける。
守る姿勢では、所詮守りきれない。
戦って、新たな未来への道を開く。
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【3.25】YouTubeで観る


今日は、埼玉の特養ホームの竣工式。
リアルに出席する。
今日こそ、蟄居を脱出して、娑婆に出たい。
ホームページやネットで確認する。
もう、YouTubeで施設紹介動画が観れる。
すごい。
先日の、銀座メディカルネットワークのコンサートもYouTubeにあげた。
生放送に近いが、数分遅れている。
でも、いつでも観れる。
皆さんが、関心を持って、アクセスしていれば、何時迄もネット上に残っている。
銀座事務所の在庫のケアギバーズマガジンも、施設に送って一掃した。
ホームページで、いつでも見ることができるので、紙媒体での保存を諦めた。
本だけは、紙のページをめくりながら読むのが好きだ。
本の形態、装丁、重さも、内容の一部。
本棚に並んだ、本の背を見るだけで、内容を思い出せる。
生身の本を手に取るのは、データで読むのと違う。
画像の絵と、本物の絵を観るくらい違う。
1番違うのは、人間を見る事。
今日は、本物のオープンスタッフに会える。
生身の人間の暖かさは、zoom では伝わらない。
いつかは、画像に体温も写るようになるかもしれないが。
とにかく、今日は生湖山が参ります。
竣工おめでとう。
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【3.26】新しいセンス


昨日、竣工式を終えた埼玉県の特養ホーム。
コロナ時代に生まれた湖山の新しい施設だと、感じ入った。
私は、基本設計以外、施設長他開業幹部に任せっぱなしだった。
コロナで、工事中、一度も工事会議に出席していない。
全体予算と借入は、私の専権実行だが、設備機器と内装、家具は、開業スタッフの専権とした。
つまり、スタッフの思うがまま。やりたい放題。
予算の制限はあるが。
今まで、湖山の施設で、実績のある、設計事務所、建築会社だから、心配はなかったが、湖山の施設スタッフは、皆、初めての筈。
小説は、処女作に才能の全てが出ると言うが、施設作りは、当事者の人間性とそのセンスが出る。
目指す介護の理念とか言っても、所詮は、その人の人間性そのものから逸脱する事はない。
内装、家具は、自宅と同じ。
設計士やデザイナーがいても、施主の嗜好、私の言う所の、美的センスが出る。
その人の生活感覚、価値観。
行き着く所は、人生観と言いたい。
贅沢ではないが、堅実。
豪華でないが、明るく清潔。
内装色も、家具デザインも、新感覚。
備品も、新製品が目立った。
南欧のアパートメントかなあ。
最近の私の嗜好に合う。
1番感激したのは、ユーチューブにあがっている、施設紹介。
紹介しているスタッフの自信に満ちた笑顔。
施設を選ぶ家族は、立派な建物より、お世話をしてくれる職員の笑顔を見る。
家族とコミュニケーションを取れるかが、大事と考える。
当たり前だが。
自然で、暖かい笑顔のスタッフは、安心できる。
人気の良い施設になると思う。
湖山は、コロナを言い訳にしない。
ここのスタッフもそう思っているはずだ。
定礎の代わりに、ロビーに掲げてある、この施設の礎を作った人々のリストパネルを確認した。
私の名前が忘れずに記名されている事を確かめた。
次に、施設訪問をするのは、満床になった時になる。
以外に早いと予想した。
是非、ユーチューブで、ご覧ください。
施設よりも、スタッフを。
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【3.27】人の器


湖山が成長する。
大型の特養ホームが、今年も、5件は開業する。
人が増える。
今年の新卒採用内定は、500人を超えた。
技能実習生を含め、新人を採用し、コヤマカレッジで、教育し、3年で介護福祉士を取得させる。
兵は育てても、一等航海士は増えても、士官の教育が追いつかない。
艦長や、副艦長、機関長といった、幹部が足らない。
教室や、授業では、不充分。
洋上での実戦経験での演習が必要。
現場で、体験するしかないのは、よくわかっている。
最高の主任だったのだが、部長になったら、どうも、悩んでいる。
部長としては元気だったのだが、施設長になったら、人望がない。
問題を隠して、迅速な対処ができていない。
言い訳ばかり言っている。
あんな、ずるい人だとは思わなかった。
どんな会社、組織にもあると思う。いると思う。
13000人の組織になる。
いや、組織になっているのだろうか。
最近、悩むと、若い時の現場体験に頼る。
万巻の経営書を読んだと思うが、最後の決断を促するのは、28才の新人経営者だった時、初めて賞与を支給した時の職員の嬉しそうな笑顔である。
原体験から、成長していないのかもしれない。
今の経営理事は、小さな法人の1施設から、現場を支えてきた、現場の責任者ばかり。
法人と、共に、時間をかけて、経営者として育った人ばかり。
大きな湖山になってから、入職した人の資質と期待は違うのかもしれない。
大きな企業から、中小企業に天下った人で成功した人は少ないと思う。
企業は大きくても、本人は組織の小さな歯車でしかない。
バックに大きな組織がないと、本人1人では、何も出来ない。
責任ある、決断、判断ができない。
頭が良い人ほど、常に、自己責任がないように、組織の中を泳ぐ。
自分に責任が行かないように、問題事項は、他の人に回す。
下から来た稟議を上に回し、上の指示を下に伝える。
当人には実行責任が何もない。
最近のコロナ対策が有効に実績をあげている。
それは、湖山は、あらゆる場面で、あらゆるスタッフが、責任感に基づいた対策行動を実施しているからだ。
上司の指示や、管理に関係なく。
勿論、医師が走れば、看護師も、リハビリもついて走る。
大事なのは、医師や施設長が、現場の報告を下に、進言を信頼して、その判断に従う事だ。
これこそ、こやまのチームケアだと思う。
大きな器の、優秀な幹部を育てるとは、どう言う事なのか、最近、改めて悩む。
大きな器ではなく、水に合わせた自由な柔軟な器なのだろう
高慢で、ずるい幹部ほど、組織に、職員に害悪な存在はない。
現場で日々苦労している人は、誠実で、小さな己の分をわきまえた謙虚な人間。
大望は、いらない。
その資質、体験を持った人でないと、医療介護の施設の現状は、親身に理解できないのかもしれない。
現場の苦労を共感できる人間でなければ、医療福祉の経営幹部になる資格はない。
現場の今日の安全と健康。
日々の健康と幸せ。
高齢者の利用者と、私達の望む生活人生は同じだ。
同じ部屋で、同じ食事をし、同じ空気を吸っている。
自分の人生も、今日の1日も、皆と同じ。
コロナの蟄居生活のせいかもしれないが。
そう思う、そう願う、緊張の日々が続く。
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【3.28】 介護に新しい医療を


コロナの向かい風の中でも、新しい特養ホームの開設が続く。
そして、その先の施設の開設計画も進行中。
設計、職員動線、設備には、感染症対策を強化している。
病院と介護においては、ハードとソフトの両面の配慮が必要。
30年前、病院を全国見て回った。
ホテルより、贅沢なお金のかかった病院。
でも、明らかに、お金持ち相手の老人病院。
抑制はしませんとの認知症の病院。
でも、薬漬けで、反応はなかった。
スタッフレベルは高い、評価の高いリハビリテーション病院。
大部屋で、カーテンも取り払われ、マットは凹みがあった。
当時、老人温泉リハビリ病院も、お金儲けと思われても仕方がない病院が多かった。
医療界でも尊敬されていなかった。
その時以来、経営者は、お金をかけてでも、働きやすい設計、最高の医療機器、良い待遇を先に用意しなければならない。
意欲責任感のあるスタッフは、その環境でなければ育たない。
良い設計設備は、良い医療サービスを育む。
悪いハードは良いサービスを消耗させる。
優れた医師、スタッフの努力のみに頼るのは、非現実的で、経営者の怠慢だ。
私は、そう考え、今に至っている。
民間医療機関は、常に、資金と土地の限界に苦しんでいる。
そこに、政府、行政の協力が必要なのだが。
当時の父理事長は、正しい医療をすれば、良いのだよ。
とだけ言っていた。
私には、あまりにも哲学的で、具体的に考えて欲しいと不満に思っていた。
医療は、医者の良識に従うしかないのだ。
という意味だったのだろうと、今は、理解している。
父は、病院内では、あらゆる職種の職員に、ご苦労さん、ご苦労さんと声をかけていたが、医師には、厳しかった。
医師としての能力より、人間としての医療に向かう姿勢に厳しかった。
職業倫理に厳しかった。
父本人の医師としてのプライドが高く、他の良い加減な医師が許せなかったのだと思う。
医師も家庭のある人間なのだが。
恩師の東大沖中教授、虎ノ門病院初代院長の教えだと思う。
子供の頃の父は家庭でも厳しく、いつもピリピリしていた。
でも、引退してからの好々爺とした雰囲気を見ると、現役時代の医師としての緊張感がよほどのものであったのだと理解している。
厳しい父から、逃げるような思いで、地方へ、介護へと行ったのかもしれない。
介護施設が増えれば、増える程、介護における医療の質が課題となった。
でも、そう、考える介護の経営者は少ないと思う。
医療は、医療施設、医師の問題であって、介護事業者の責任ではないと、考えたがるからだ。
私はそうは思えない。
学校が、教師が、生徒の健康や怪我、命には責任がないと逃げるようなものだ。
少なくとも、専門家の治療に導くだけの責任はある。
子に対する親のように、観察義務はある。
自ら無限責任に追いやるようだが、その思いがなくて、医療介護は出来ない。
コロナ感染の社会になって、より一層、介護施設における医療を考えるようになった。
介護施設にも、医療機関並みに、PCR検査機器や検査キットを配置した。
まずは、ハードを揃えた。
次は、ソフト、人だ。
特養にも、顧問医師を配置したい。
昨日は、若く志のある医師を、東京埼玉の施設に案内した。
桜の綺麗な、人出の多い、渋滞の道筋を1日走った。
一年振りの施設。
懐かしい、多くのスタッフに迎えられ、実家に帰った気分になった。
改めて、10年以上の前の施設を見ると、その当時の私とスタッフの目指していた思想理念がわかる。
スペースに余裕があり、どこか、贅沢な部分がある。
懐かしい。
面映く、恥ずかしくもあり、嬉しい。
いつもは、食事は、検食として、施設の食事なのだが、今回は、老舗の鰻をご馳走になった。
鰻も何年振りだろう。
大体、お店に食事に行く事が無くなった。
施設ごとに、あんみつ、せんべい、団子をご馳走になった。
施設行脚の花見気分。
スタッフは、皆、元気で笑顔に見えた。
多少、無理、見栄もあったろうが、お互い様だ。
介護に理解と尊敬を持てる医師は宝だ。
そういう医師の湖山への誘いは、私の仕事だ。
これからも、喜んで、私がご案内しよう。
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【3.29】医療に信頼される介護を


若い医師を首都圏の介護施設に案内した感想。
医師に一定の評価を得たと思う。
看護師24時間体制のショートステイがある。
カンタキは、コロナ検査機器設置、スタッフに検査キットを配布。
明るく清潔な施設。
医師に積極的に応対する介護スタッフ。
何よりも、医師に自然に話せる介護スタッフ。
世の中には、医師、病院とコミュニケーションを取り、連携協力する事を苦手とする介護施設もある。
医療用語を使われる事、医師とチームを組む事をためらう。
早く、救急車で、病院に連れて行って、医療は病院でしてほしい。
ここは、私の介護施設で、介護王国。
私がチームリーダー。私が施設長。医師に指図されたくない。
医療は病院でやって欲しい。
そう思っている、施設長、相談員に会う事がある。
自宅でも、介護施設でも、ホテルでも、どこでも医療はある。
どこにいても、必要で、また、提供されるべき。
その社会実現を、医療の社会への浸透と拡散と、私は言う。
こやまケアとは、医療と介護と生活の連携から一体化だと思う。
湖山は、医療と介護の愛の架け橋。
そうありたいです。
以上
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【3.30】貴方が選ぶ道


首都圏は多数の法人が進出している。
その為、結果として、首都圏の病院施設の方が、人事異動は少ない。
法人が違う、施設体系が違う、通うには遠い。
問題のある職員を、他施設に紹介できない。
優秀な職員は手放したくない。
どちらにしろ、他法人の他施設には、紹介しない。
東京は、もともと人材の流動化が激しい。
どうせ、すぐに辞めてしまう。
でも、直ぐに採用できるのも、東京。
結局、欠員の補充を、その施設単位で済ましてしまう。
済ませられるのだ。
職員はわがままだ、法人にロイヤリティーがない。
資格を取得しようとする向上心も少ない。
幹部の不満も嘘ではない。
でも、結局、地方より、採用しやすいのだ。
パートなら、派遣なら、即補充できる。
都会地域の労働流動化に合わせて、採用側も流動化を受け入れてしまっている。
それで良いのだろうか。
栄養師の職場は、老健、特養、病院、いきいきプラザのカフェにもある。
でも、どこかで採用が決まると、実は、もうそこで終身。
移動はほとんどない。
事務は、受付、経理、請求、秘書、総務。
どの施設にも事務は多数いる。
でも、移動は、なく、昇進の機会も少ない。
介護職は、その施設内で昇進可能だが、幹部との相性も難しい。
幹部も人間だから、しょうがない。
愛情の深い幹部ほど、好き嫌いの感情は強い。
親と同じと思って、同情してあげてください。
介護現場の育成には、どの施設も力を入れる。
でも、事務管理者の教育的移動は、銀座事務所くらいだ。
昨日の各法人日報をメールで読んでいたら、珍しい報告があった。
介護職で退職意向の職員をいきいきプラザに移動させ、離職を止めた。
老健の退職意向の栄養士を特養ホームに移動させて、継続となった。
今までにない報告が2件。
上司が気にかけてくれたのだ。本人の為に。
自分の部署を辞めたいという部下を、他の施設に紹介できる心の広い幹部は少ない。
移動は、左遷でなく、昇進の為の教育的一歩。
移動無くして、昇進させない。
私は、新規開設の為に多数の職場を経験した。
その経験が、今の私を育てた。
創業者としてではあるが。
新天地での新施設は、どこでも虐められる。他所者として。
政治家にも、役人にも、銀行にも、地元にも、勿論地元の職員からも。
だから、共に頑張ってくれるスタッフに感謝する。
感謝の気持ちは、少しでも良い待遇、楽しい職場の創設。
そして、何よりも、その人を育てる事。
やりたい仕事をさせる。
1番大事な事は、やりたくない仕事を無理強いしない。
どうせ、直ぐに辞めてしまうのがオチだ。
これからの湖山Gは、今まで以上に、管理職に育成するためのジョブローテーションを徹底したい。
好き嫌いだけで、特定の部下を寵愛する上司はどこにでもいます。
使い潰そうとする上司に当たったら、職場を移動、転籍してください。
但し、申請を上司だけに出してはいけませんよ。
研修会で目立つことも、大事です。
注目を浴びて、新設メンバーを選ぶ時に推薦されます。
移動の希望は遠慮なく、何度でも発信してください。
定期面接で強くプレゼンしてください。
手応えがなければ、私に気がつかせてください。
メールでも電話でも十分です。
必ず、貴方を助けに行きます。
忘れないでください。
貴方の道は、貴方が選ぶのです。
貴方の人生ですから。
以上
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【3.31】試写・るろうに剣心


コロナで私に失われたもの、それは試写会です。
オンライン試写会は、申し訳ないが、中途で、寝てします。
ベッドで観るからいけないのですが。
私にとって、映画とは、映画館の闇の中で観るものなのでしょう。
でないと、心がスクリーンに飛びません。
昨日は、一年振りのリアルな試写会です。
日比谷の1階。60席。
そこに、私を入れて、6人。
密ではない。
私の為の、借り切りのような、試写会でした。
邦画はほとんど観ないのですが、来年度はこの一作との、前評判。
ワーナー・ブラザーズ制作ですから、世界を視野に入れて制作しているはず。
なんとしても、今日は、この映画を見なければ。
何故ならば、この作品の映画チケットを、今年と昨年の新卒入職者に配るから。
昨年もできなかったし、今年も、東京での総合入職式はできない。
私の歓迎挨拶は、既に、ビデオ撮りを済ませ、各法人に送ってある。
それでも、4月1日には、静岡の特養ホームの竣工式の会場から、LIVE放送で、挨拶する。
東京のロードショー館を借り切って、映画鑑賞が、今年の夢だったのだが。
止む無く、3000枚のチケットを配り、全国で観て貰うことになった。
選ばれたのが、本作、この一本。
役者や、原作漫画の魅力は省く。
とにかく、この映画は半端ない。
アクションが凄い。当分、この映画を凌ぐ作品は出ないだろう。
2時間17分が、あっという間に過ぎ去る。余韻を残して。
製作費50億は嘘だと思う。もっと、かかっているはずだ。
このカメラワークの為の舞台作りは、本当に大変だったはずだ。
2作分同時撮影としても、すごい。製作者がえらい。
実は、私の候補作は、007だったのだが、上映がまた、延期になってしまった。
私も、今年はこの映画に賭ける。
6月には、同時制作の続編も上映されます。
本編を観たくなった方は、湖山Gに就職してください。
チケットを2枚差し上げます。
まだ、間に合います。
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用户7825 用户7825
5 个月前
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