【3月8日】日记


震灾,如果不忘记就不会到来/震災は忘れなければやってこない

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1.中文【3月8日】震灾,如果不忘记就不会到来


邻近3月11日,电视也尽是播放那个时候的特别节目。
说真的,回想当时的场景非常痛苦。
但是,不可以忘却。
忘记了就会觉得可能还会再来,更加不安。
同时,我也想起了当时在没有告诉父亲的情况下,乘直升机飞到气仙沼,结果回不去了,让父亲非常担心。
在放着灵位和遗像的老家,一天也不会忘记已故的父母。
我仍然觉得父母和我一起住在这所房子里。
电影评论家淀川长治是出了名的有恋母情结,一生没有结婚,终生住在酒店。
我也想住在酒店,但父母的遗物还没有整理完。
我的遗物已经只有书了,打算依次捐给设施。
自小松左京的《日本沉没》以来,一直生活在东京大地震的惊吓之下。
如果新冠病毒期间发生首都圈大地震,别说哥吉拉和魔斯拉了,就连Radon和王者基多拉也会袭来。
对于不该发生的事情也要设想好,不放松准备,这就是经营者的职责。
父亲在临终前捐出财产,在福岛设立了社会福利法人。
福岛复兴成了与父亲最后的约定。
为了应对银座的萧条,我们考虑的不是成为东京副都心,而是湖山G的Backup Center。
即使是在云时代,我也想要自己的数据中心。
以前有过做东京副都心的构想。
为什么呢,现在无需再问了。
也想过选京都怎么样呢。
从历史上,从地缘政治上,是不是很合适呢?
但是,京都没有地域中心型的医院和设施。
希望能在福岛建设就业促进复兴城那样的湖山村、湖山村落
因为有工作人员,所以要为工作人员的家属提供托儿所和介护设施。
三代人工作、生活。
林立着可以养育孩子的独立式公司住宅。
湖山的职员家属所生活着的街角。
现在的我已经从放荡的生活中退休了,每天都在努力工作,但剩下的时间也许比想象的要少。

2.日文【3月8日】 震災は忘れなければやってこない

3・11が近づくと、テレビもその頃の特番ばかり。
正直、思い出すのは辛い。
でも、忘れてはいけない。
忘れたら、またやって来るような気がして、より不安になる。
同時に、当時、父に言わずにヘリコプターで気仙沼に飛び、帰れなくなって心配をかけたことも思い出す。
位牌と遺影の置いてある実家にいると、亡き両親を1日たりとも忘れる事はない。
未だに、両親と、この家で暮らしているような気がする。
映画評論家の淀川長治氏は有名なマザコンで、生涯結婚する事はなく、生涯ホテル暮らしだった。
私もホテル暮らしをしてみたいが、両親の遺品の整理がまだ終わらない。
私の遺品は、もう本しかなく、順次、施設に寄付するつもりだ。
小松左京の日本沈没以来、東京大震災に怯えて生きている。
コロナに首都圏大震災が起きたら、ゴジラとモスラどころか、ラドンとキングギドラまで、襲ってきたようなものだ。
その、起きてはならない事も想定して、準備を怠らないのが、経営者の勤め。
父は、最期に財産を寄付して、福島に社会福祉法人を設立した。
福島復興が父との最期の約束となった。
銀座倒壊に備えて、東京副都心ならぬ、湖山Gバックアップセンターを考えている。
クラウドの時代になっても、独自のデータセンターも欲しい。
昔、東京副都心構想というのがあった。
何故か、今は聞かない。
京都はどうかと考えた事があった。
歴史的に地政学的に、相応しいのではないかと。
でも、京都には中心になる病院も施設もない。
福島で雇用促進復興街づくり事業になるような、湖山村、湖山ビレッジを考えてみたい。
働く職員の家族の為の保育園や介護施設がある。
3世代が働く、暮らす。
子育てのできる、戸建ての社宅が並ぶ。
湖山の職員家族のいる街角。
今の私は、放蕩暮らしを引退し、1日1日を大事に仕事をして生きているが、残された時間は思ったより少ないのかもしれない。

3.解説【3月8日】 震災は忘れなければやってこない

  • 代表は不測の事態を想定して、準備を怠らないという経営者の心構えについて述べました。
  • 過去の難題や未来のリスクを考えるとつらくなりますが、備えあれば憂いなしということです。
  • リスクを想定して、リスクが災難に繋がらないように事前にしっかりと準備することが肝心です。


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用户7825 用户7825
5 个月前
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