【2月27日】日记


Anywhere总部/どこでも本社

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1.中文【2月27日】Anywhere总部


30年前,在全国开设了7家老健养老院。
从东京派遣了秘书长,但也出现了在能力和伦理观上存在问题的干部。
没办法,只好由我个人持有印章,到全国各地的设施间巡回。
如果我不去,实际上就不能实行支付。
不管在哪里,都把行李寄存在旅馆或宾馆,接受洗衣服务,不回东京的老家,坐飞机和新干线周游日本。
我把私人印章都放在包里,随身携带。
如果我不去,就付不了账。
所以无论走到哪里,都很重视印章。
曾经有一段时间,我拿着银行的钥匙在地方设施里转来转去,但捆的钥匙看起来像是金库小偷。
如果能像其他国家一样,把支票放在一个手提箱里,然后用钢笔签字,那就更好了。
现在是电子认证。
如果不是数字,而是眼睛和指纹的人体认证就可以考虑了。
我所在的地方,到处都是总部。
我个人承担所有债务,我自己就是法人。
我自称是一个旅行的艺人。一个旅行的少爷。
虽然我是一个流浪的经营者,但也许是旅行的法人吧。
就这样,我在全国各地建造了湖山城堡。
不过,我从来没有吟诵俳句。
那时候,父亲很可怕,他会对我进行各种教训,所以我可能一直在逃避他。
但我的父亲圣道理事长除了周末打高尔夫外,从来没有离开过医院,他把一生都奉献给了他的医疗事业。
即使是在高尔夫比赛中,他有时也会被传呼机传唤,被警车领着去看病。
围棋会也是在院内主办,从未离开医院。
无论是医师会还是医院会,都拒绝参加所有的会议。
作为总理的主治医生,无论是出版还是演讲,他都以不要给总理添麻烦为由拒绝了。
即使有人提议说稿子是由撰稿人写,他回复说,会被朋友看不起。
不过事实上,我估计是太麻烦了。
那是经营者书盛行的时候,我看不起举办让作者代写而出版的纪念聚会的医生。
父亲是他的大学校友中唯一一个在街头行医的医生,同学们大多是教授。
虽然是在银座。
有父亲过冬队伍式地坚守在银座诊所的人生,我能走遍了日本的各个角落。
巡航岛屿,虽然只不过是马状大小的半岛。
只知道银座有建筑的少爷的世界变了。
这里才是真正的日本。我觉得这是我的故乡。
只知道银座霓虹灯的银座少爷,第一次知道了日本天空之蓝,星空之美。
银座之后,我的第二故乡变成了七故乡。
现在,日本和上海都成了我的亲戚。
我在机场看书。在飞机,新干线上睡觉。
我去旅店的时候,和当地的工作人员和政治家一起举杯畅饮。
当时,我的DNA从双螺旋变成了三螺旋或四螺旋。
有父亲守护着银座的现场,我向全国展翅高飞。
现在正好相反,因为有守护地方的经营理事,所以在新冠疫情世界的现在,可以留在东京。
现在是在家办公和卫星远程办公的新冠疫情时代。
人才派遣公司把总部的一半搬到了濑户内的岛上。
银座的办公事务所会减少一半吧。
银座的大楼被资本家抢购。
也许不久之后,可能会像丸之内一样,被整顿。
看来是银座鼻祖、银座本家重新思考的时候了。
任何地方都是总部,也任何地方都不需要总部。
湖山的一切都在现场。
现场就是一切。处处都是现场。
我所在的地方,也是经营现场。
财务结算现场。
医疗福利经营现场。
清点药品库存和清点货币表里如一,同样的价值,同样的责任。
事务员也了解现场环境,现场职员也考虑经营,这就是湖山G。
中央支持所,不要中央电脑。
独立的人工智能和云的世界。
在湖山G的世界里,到处都有湖山。
幽灵与现实的纠葛中,面向未来的湖山世界。
总有一天,我也会成为幽灵。

2.日文【2月27日】どこでも本社

30年前、全国に7つの老健を開設した。
東京から、事務長を派遣したが、能力と倫理観で問題のある幹部も出現した。
仕方なく、私が、個人で印鑑を所持し、全国の施設を循環した。
私が行かないと、支払いが物理的にできないのだ。
どこでも、旅館やホテルに荷物を預け、洗濯をしてもらい、東京の実家に帰らず、飛行機と新幹線で日本中を旅した。
印鑑を全て、カバンに入れて、もち回る。
私が行かないと支払いができない。
どこへ行っても大事にされる訳です。
現地施設の中の銀行の鍵を持って回った時もあったが、束の鍵は金庫泥棒みたいに見えた。
外国みたいにアタッシュケースに小切手を入れて、万年筆でサインをするのなら良いのだが。
今なら、電子認証。
数字ではなく、眼や指紋の人体認証で済むようになったら、考えても良い。
私のいる所が、どこでも本社。私がいる事務所がどこでも本部。
借金を全て個人補償している私自身が法人。
自称、旅芸人。旅する若旦那。
放浪の経営者でしたが、旅する法人だったのかもしれない。
こうして、全国に湖山の城を作って行った。
俳句を詠むことはなかったが。
その頃の父は怖く、あらゆる事で説教されるので、父から逃げ回っていたのかもしれない。
でも、父聖道理事長は、週末のゴルフ以外は、病院から、動かず、全人生を診療に専念してた。
そのゴルフもポケベルで、呼び出されてパトカー先導で、診察に行く事もあった。
碁の会も、院内で主催して、病院を開けることはなかった。
医師会も病院会も、あらゆる会合はお断りしていた。
総理の主治医としての出版も、講演も、総理にご迷惑がかかると断っていた。
原稿はライターが書くからと提案されても、返って、友人に馬鹿にされるだけだと追い返した。
本当は、面倒くさかったのだろうと推察しているが。
経営者本のはやっていた頃で、ライターの書かせた本の出版記念パーティーばかりしている医者を軽蔑していた。
父は大学の同窓が、ほとんど大学教授の中で、ただ1人の街角の診療医だった。
銀座ではあったけれども。
父の、銀座越冬隊のような銀座診療人生があって、私は、日本のはてを巡る旅をした。
本当に馬しかいない半島や、島も回った。
ビルばかりの銀座しか知らない、若旦那の世界が変わった。
こここそ、本当の日本だ。私の故郷だと感じた。
銀座のネオンしか知らなかった、銀座の若旦那は、初めて日本の空の青さ、星空の美しさを知った。
銀座の次の第二の故郷は、7つになった。
今は、日本中が、上海が、親戚になった。
読書は空港で。睡眠は飛行機、新幹線で。
旅館に行けば、現地スタッフや政治家と飲み明かした。
その時に私のDNAは、二重螺旋から、三重、四重螺旋になった。
銀座の現場を守る父がいて、私は全国に羽ばたいた。
今は逆で、地方を守ってくれている経営理事がいるから、コロナ世界の今、東京にいる事ができる。
在宅勤務や、サテライトオフィスのコロナ時代。
人材派遣会社が、本社を半分、瀬戸内の島に移転した。
銀座の事務オフィスは半分になるだろう。
銀座のビルはファンドが買い漁っている。
やがて、丸の内みたいになって、整備されるのかしれない。
銀座元祖、銀座本家も考え直す時代らしい。
どこでも本社は、どこにも本社はいらないと言う事だ。
湖山の全ては現場にある。
現場が全て。どこでも現場。
私のいるところも、経営現場。経理現場。
医療福祉経営現場。
薬の在庫を数えるのと、お金を数えるのは表裏一体で同じ価値、同じ責任。
事務員も現場環境を理解し、現場職員も経営を考えるのが湖山G。
中央支持所、中央コンピューターはいらない。
スタンドアローンのAIと、クラウドの世界。
湖山Gの世界には、どこにも湖山がいる。
ゴーストとリアルの糾える未来の湖山の世界。
私もいずれは、ゴーストとなる。

3.解説【2月27日】どこでも本社

  • 代表は、湖山の経営管理の仕組み作りのために、7つの拠点を旅したことについて述べています。
  • その仕組みができてから経営能力が向上し多くの問題が解決され、今ではコロナと戦っています。
  • コロナの発生がきっかけで、今までさほど大切にされなかった在宅ワークが常態になっています。
  • 技術の発展や経営管理仕組みの良好な運行によって、代表が東京にいても現場の状況が把握できます。
  • 経営環境が変化しても、適時適切に仕組みを調整すれば、どんな変化でも乗り越えられると考えます。

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用户7825 用户7825
5 个月前
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