【1月18日】日记


父母的遗物/親の遺品

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1.中文【1月18日】父母的遗物


不能断舍离的,是父母的遗物。
父亲的衣服出乎意料地多。
我想着能不能穿在自己身上,但尺寸实在太不一样了。
所谓时代的流行,就是为了这个吧。
帽子的尺寸也不合适。
围巾、领带和袖扣。
话虽如此,这些其实是我留给父亲的,原本是我的。
所以我用这些东西也算是理所当然。
因为是医生,所以有很多医学书籍、同窗教授的退官纪念本。
经济界人士的书也很多。
也有人成了我的简历。
围棋、象棋、俳句。
兴趣广泛,是个爱学习的人。
但是,没有每周必读的高尔夫书。
确实是靠自由发挥的挥杆,靠推杆赚钱。
握杆很厉害的人,虽然大家都不擅长发球,但我想有很多推杆厉害的人。
麻将不也是这样吗?
虽然我不玩。
父亲禁止我打麻将。
理由是父亲打麻将耽误了学习。
不愧是被称作神童的人。
尽管如此,依然进入第一高等学校、东大医学部。
我在图书馆和神田旧书店街度过了人生的大部分时光。
既没有学习,也没有做过平日里健康的运动。
过着图书馆和电影院两点一线的闭门不出的人生。
在家里,也在床上和浴室里读书。
我的遗物大概是书、领带和袖扣。
我觉得很容易处理。
我不忍心扔掉父亲的遗物,决定放在设施里。
父亲的莱卡照相机被放在了医院。
虽然父亲的西装已经扔掉了。
于是,我明白了断舍离不是舍弃东西,而是舍弃回忆。
最后留下的是母亲的衣服。是和服。
我也想过会不会有人要,但现在穿和服的人很少。
也没有那样的场合。
不过,我想起了用和服做面具的事。
那个和服街的和服中心,用和服的布料做装饰花。
还可以把和服带裁下来,装进画框里,做成像绘画一样的壁饰。
接下来要在镰仓建设特养老人院。
打算根据地域的风格,装修成日式风格。
让镰仓的设施来收吧。
用母亲的和服带装饰室内吧。
子欲养而亲不待。

2.日文【1月18日】親の遺品

断捨離にならないのは、親の遺品である。
父の服というのが、意外と多量。
何とか自分でも、身に纏えないかと、考えたが、あまりにもサイズが違う。
時代の流行とは、この為にあるのでは。
帽子も、サイズが合わない。
マフラーとネクタイ、カフスくらい。
そう言っても、これは、小生が父に譲った、元は私の物。
使えて、当たり前。
医師であるからして、医学書、同窓の教授の退官記念本が多数。
財界人の本も多かった。
私の履歴書になった人もいる。
囲碁、将棋、俳句。
多趣味で、勉強家だった。
でも、毎週欠かさなかったゴルフの本がない。
確かに自流のスイングで、パタで稼いでいた。
握りの強い人は、皆さん飛ばないけど、パタが強い人が多いと思う。
麻雀もそうではないか。
私はしないけど。
父は、私に麻雀を禁じた。
理由は、父は麻雀で勉強をおろそかにしたからだと言う。
流石に、神童と言われただけの事はある。
それでも、第一高等学校に、東大医学部。
私は、図書館と神田古本屋街で、人生の多くを過ごした。
勉強はしなかったし、日の元の健康なスポーツもした事がない。
図書館と映画館の引きこもりの人生。
自宅でも、寝床と風呂で読書。
私の遺品は、本とネクタイとカフス位。
処分しやすいと思う。
父の遺品は捨てるに忍びなく、施設に置いてもらう事にした。
父のライカは、病院に置いてもらった。
父の背広は捨ててしまったが。
それで、断捨離とは、物を捨てることではなく、思い出を捨てる事だと知らされた。
最期に残ったのが、母の服。着物である。
誰か貰ってくれないだろうかとも考えたが、今は着物を着る人自体が少ない。
そういう場もない。
でも、着物でマスクを作って貰った事を思い出した。
その着物の街の着物センターでは、和服の生地で飾りの花を作ってくれる。
帯を裁断して、額縁に入れて、絵画のような壁飾りも作れる。
これから、鎌倉で特養ホームを建設する。
地域に合わせて、和風の内装にする予定だ。
鎌倉の施設に、貰ってもらおう。
母の帯で、内装を飾ろう。
親孝行、したくとも親はなし。

3.解説【1月18日】親の遺品

  • 代表は亡き両親の遺品を整理しながら、両親のことを偲んでいます。
  • 遺品というものは、親しい人の思い出が詰まっているので、断捨離の対象にはなかなかなりません。
  • 遺品を捨てれば、いつの間にかその人に関する記憶も捨て去られてしまうかもしれません。
  • 代表のように、親の遺品をそのまま残しておくのではなく、それを何かに利用するのもアイデアだと思います。
  • そうすれば、その人が今でも自分の傍にいて自分を助けてくれると感じるかもしれません。

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用户7825 用户7825
5 个月前
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